サイコシリアル [1]
━━戯贈 妄言
「あなたには声帯がないの? もしくは機能してないの? 不能ってやつかしら」
この状況で声を出せっていうのが無茶な話だ。
言葉を発するたびに喉に何か━━多分ナイフだろう。
「ははは、冗談よ。ただの戯れ言とおふざけ」
戯贈は、予想通りの刃渡り二十センチ程のナイフを僕の口元から離しながら言った。
「戯れ言とおふざけのレベルが異常すぎだ!」
冗談で人にナイフを押しつけて来る奴なんているか。異常すぎるだろ。こんな奴が、こんな奴が朧気高校に在学していたのかと思うとゾッとする。背筋が凍って行くのが分かる。
違う世界の住人。
そして、今度は僕の腹部にナイフが押しつけられた。正確には、制服のブレザーの第二ボタン。
「ダメじゃない。簡単に人を信じたら。本当に私があなたを殺す気だったら、あなたは今、死んでいたわ」
戯贈は冷酷に言い放った。
多分、戯贈は究極のSだと思った。
「僕には戯贈に殺される理由もないし、価値もないからね」
残念ながら僕は究極のMではない。ソフトMだと自分で確信している。
けど、こんな強がりを言っても恐怖心はあるわけで、言葉とは裏腹に涙が流れ落ちるってものだ。
「あら、泣いているの? 案外涙脆いのね」
「そんなこと戯贈には関係ない。で、僕に何の用なんだ」
「そう言うのであれば、私もあなた━━涙雫くんに教える義理はないわ」
「このわけのわからない状況を作り出してるのは偽造だろ!」
よく考えてみろ。ここは学校を支配する教師陣が支配する職員室の前だぞ。
「涙雫くん、この状況でも強がりを言えるのは凄いことだわ」
「泣いてるんだから気持ちを察しろよ」
「殺し屋に相手の気持ちを察する必要はないもの。必要なのは心を手に取り転がすことだけだわ」
戯贈は、うっすらと笑いながら言った。
人は笑顔でここまで恐怖心を煽ることが出来るのか。
何より目が笑っていない。その表情は氷河期そのものだ。
そして、戯贈は今何て言った? 殺し屋? 何を言っている。高校生の俺にはスケールがでかすぎる。
「殺し屋?」
俺は疑問に思ったことを率直に聞いた。
「そう、殺し屋。話を聞いていなかったの? あなたの耳は趣味の悪い飾り物かしら? それとも鼓膜がイカれてるの? 言ったじゃない『言葉でも人は殺せる』って」
イカれているのは、お前だ。戯贈。
なんてことは、僕には言えない。言える勇気がない。ただでさえも、氷河期みたいな表情をしている女に、そんな大それたことなんて言えない。
そこで僕は、ある一つの疑問が思い浮かんだ。
「ていうか、何故僕の名前を?」
僕と戯贈の接点はない。僕は、戯贈のことを知ってはいるのだけれども、接点がない。ただの認知と言うやつだ。ましてや、他人との交流を取ろうとしない僕なんて、戯贈の眼中にないはずだ。
なのに、知られている。
作品名:サイコシリアル [1] 作家名:たし