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君が世界

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2.あなたと私が世界でふたり




 寝床の入り口にはなにやら動物が集まってしまっていた。
(野次馬じゃないんだから)
 呆れながらも寝床へ近づくと、鹿や山猫は道をゆずってくれた。彼女は入り口を陣取っていた猿の首根っこをひょいとくわえた。よじよじと首へ上ろうとするので放してやる。すると乗ってもいいと思われたようで、何匹かまた猿を乗せることになってしまった。頭の上にいた猿がここは渡さんとばかりにきぃと鳴いて主張している。
(喧嘩はしないでよ)
 そうしながらうろの中へ入ると、人間は体を起こそうとしていた。
(わ、)
 まだ熱が下がっただけで、腹の怪我も腕や足も本調子ではないだろうに。
 案の定起き上がろうとしたが痛むのか、肘をついた。額に汗がにじんでいる。
 あわてて駆け寄ろうとすると、人間は鋭く声を発した。
「くるな!」
 思わず彼女は立ち止まった。真正面から人間と向き合って、あ、と気づく。
(きれいな青)
 ようやく開いた人間の目は、明るい青をしていた。褐色によく映える。目を閉じている間はあまり印象に残らなかった顔立ちも、この青い瞳に彩られると驚くほど印象を変えた。
 まるで射貫くような光だ――と思ってから、眼光鋭く睨まれていることに気づいた。
(あれ、なんで?)
 彼女は自分が、人間の数倍はある大きな獣であることをうっかり忘れていた。
 人間は彼女を睨みすえたまま、何かをつぶやく。
 すると、気配が人間からわあっと強く湧き出した。そして湧き出た気配が凝固し、一本の矢となり彼女へ放たれる!
 あ、と思う間もなかった。
 毛が逆立つのを感じると同時に、いつも動物たちに分け与えている気配が勝手にあふれて、今にも自身へ刺さろうとした矢を霧散させた。
 ほんの一瞬のことだった。感覚では気配が何かを起こしたのだとわかっていたが、実際にはちょっと強い静電気が体のすぐ近くで弾けたような、そんな感じだった。
(なに、今の?)
 よくわからないなりに、人間に警戒されているらしいことは理解した。
(私が大きいから? 怖がられている?)
 そう思い至っても、どうしていいかわからない。小さくなる方法など知らないし、人間だったことはあるが、どうやって獣になったかもわからないのだ。
 何か声をかけたいと思うが、念じて通じるならそもそも怖がられたりしないだろう。
 むう、と悩んでいると、彼女にはりついていた猿が一匹、ぴょんと飛び降りて人間の頭をぺしんと叩いた。小さい猿なので痛みはないだろうが、叩かれたことに驚いたのだろう、人間は目を瞠っている。猿はきぃーと甲高く鳴きながら人間に歯をむいた。そしてまた彼女の方へ戻ってくる。
 先ほど、彼女が外に出ていたときに知らせてくれた猿だ。いかにも怒っている、というふうなので、彼女はどうしたのかと猿の額に鼻面をくっつけた。わしゃわしゃと両手がのどを掻いて、また頭の上によじのぼった。
 そして頭の上でまた、きぃーと甲高く鳴いた。人間に歯をむいている、ようだ。
(何を怒ってるんだか)
 彼女は、人間の放った気配が魔法と呼ばれるもので、それが彼女を殺そうとしたのだとはわかっていなかった。
 人間は呆然と猿と彼女を見比べている。
 すると今度は別の猿が、彼女の背を下ってきた。口に水底から引き上げた鞄をくわえている。どこかへ持ち去るわけではなく、彼女の足下でぺたりと腰を下ろした。
(あ、そうだった)
 持って行ってやって、と猿の背を押す。猿から鞄を手渡されて人間は戸惑ったような顔になった。
「お前が……この動物たちの主なのか?」
 そう問いかけてくるので、彼女は首を横に振った。主になった覚えはない。勝手にいろいろやってくれるのだ。
 人間はきょとんとしていた。
「言葉、通じるのか」
(そういえばそうね)
 獣になっても人間の言葉はわかるものらしい。今度はうなずいてみせると、なんだか複雑そうな表情になった。
(なにか困らせた?)
 彼女は首をかしげた。近づいても大丈夫だろうか。先ほどから、人間の腕から血がにじんでいるのが気になっていた。包帯はさすがに森の中にはないし、起き上がったときに苔は取れてしまったのだろう。
 一歩近づいてみると、人間は体をこわばらせたが何も言わなかった。
(手当をするだけ)
 ゆっくりと近づく。そして腕からにじんだ血を舐めた。体にものすごく力が入っているのがわかる。きっとすぐに逃げられるようにだろう。
(何もしないよ)
 伝わればいいのに、と思う。
 いつの間にかうろの入り口に鹿がまた来ていて、どうやら新しい苔を持ってきてくれたらしい。それを猿が持ってきて、人間の腕にぺたぺたと貼り付けていく。足も同じように手当する。
 腹の傷はやはり少し開いていた。早く治れ、と思いながら彼女は舐めた。
「……悪かった」
 傷をみるためにめくった服を下ろすと、人間がぽつりと言った。
(気にしてない。早く元気になって)
 本当にすまなそうな声だったので、彼女は人間の額につんと鼻面をくっつけた。


 目を覚ましてからの人間の回復は順調だった。元々体を鍛えていたのもあるのだろう。火傷が一番の重傷と思われたが、それよりも手足や腹の傷の方がひどかったようだ。
 まだ起き上がることの難しい人間に、水を与え、手当をし、食べ物を与える。眠るときには自らの毛皮を貸してやった。
 目覚めてからさらに三日もすると、足を引きずりながらだが少し歩けるようになった。
 でもまだ足下が覚束なく、彼女は人間が心配で、立ち上がる足にまとわりついて背に乗せてやった。猿や栗鼠に比べれば重いが、人間のひとりやふたり、乗せても苦になることはない。
 人間はあわてたが、どうやら大きな獣の背に乗ることは慣れているらしく、すぐにバランスを取ってうまく乗ってくれた。
「どこか連れて行ってくれるのか?」
 首元のたてがみを、やわらかくすきながら人間が言う。低く、ざらついた声は耳に心地よい。
(あなたは何処へ行きたい?)
 人間の言葉へ問い返すように念じてみるが、通じるわけもない。まあ仕方ない、と彼女は意思疎通をとりあえずあきらめて、湖に向かうことにした。
 人間なら、いや人間じゃなくてもそろそろ水浴びしたくなる頃だろう。少なくとも彼女は人間だったときから水浴び……つまり風呂は好きだった。
 なるべく揺らさないようにしながら湖へ辿り着くと、人間は感嘆の声を上げた。
「こんなところに水場があったのか」
(あなたはここへ落ちてきたのよ)
 降りやすいように膝を折ってやると、心得たように人間が降りた。
 それからここへ入ってもいいと示すために、自ら湖へ入る。すると人間はなるほど、という顔をしたあとに少し考えるような表情を浮かべた。
(水浴びは嫌い?)
 きょとんと彼女が首をかしげると、人間は苦笑した。
「まあ、いいか」
 そしてその場で服を脱ぎ始める。ああそういえば服とかあったな、と獣の彼女は思った。面倒なことだ、などと。
 一糸まとわず全裸になると、人間は湖へ入ってきた。
 ほぼ一週間寝たきりだったというのに、貧相な感じはしなかった。さすがに少しは衰えただろうから、元々が相当鍛えていたということだ。
作品名:君が世界 作家名:なこ