君が世界
ただ、かわいそうに、と思いながらそっと左足に牙をたてた。軽く傷つけると、はじけるようにひどい色の膿があふれた。せっせと舐めて膿を出し切ると、今度は右腕も同じように軽く牙を立てる。こちらもやはり膿が出て、同じように舐めて出し切った。こちらの傷にも苔を貼り付けた。
さすがに体にいいものではなさそうなので、湖まで戻り大量に水を飲み、吐いた。元々、毛の手入れのために飲み込んで吐くことはよくあったので、その点は慣れていた。
そうしてあちこち人間の体を確かめ、あらかた治療を終えると彼女はほっとした。
人間の顔には大粒の汗が浮かんでいる。これから熱が出るだろう、というのはなんとなくわかった。
(がんばれ)
彼女はそっと人間のそばに伏せ、汗を舐めてやった。この小さな人間が、早く元気になればいいとそればかりを願った。
三日、人間は熱にうなされた。
猿の手を借りながら水を運んだり、苔を貼り替えたりしながら、彼女はじっと人間のそばにいた。うわごとのように「寒い」というので、抱えるように懐へ入れてやり、汗をかけば舐め、かいがいしく世話を焼いた。彼女にとってこれは守らねばならないものだった。
四日目には熱が下がったようで、疲れが残るものの安らかな顔で人間は眠っていた。
(よかった。よく頑張ったね)
ねぎらうように顔を舐める。早く目を覚ますといい、と思う。
この寝床には、三日の間にいろいろな動物が顔を見せるようになっていた。新しい苔を鹿がむしってきてくれたと思えば、彼女が食べるための果物を抱えて栗鼠がやってきたり、同じように花をくわえて鷹がやってきたりした。水は猿たちが持ってきてくれたし、おかげで彼女はずっと人間のそばにいることが出来た。
そして熱が下がったので、少し離れても大丈夫だろうと彼女は三日ぶりに外へ出た。
本当は離れたくなかったのだが、さすがに腹が減っていたし、それにほとんど動かなかったので体がみしみしいった。
少し駆けてみたりしながら体を十分に動かし、しっかりと食べて、そして湖までくると水浴びがわりに飛び込んだ。ふと水底を見ると見慣れないものがあったので、潜って取りに行った。鞄のようなものだった。たぶん、人間の持ち物だろう。
くわえて岸まで辿り着くと、ぶるぶると体をゆすって水を飛ばす。しばらく日光浴を楽しみながら乾かした。
日が傾いて来た頃、花を食みながら目を上げると猿が彼女に近づいてきた。
くるりと大きな目で彼女を見つめてくる。猿に鼻面をつんとくっつけると、それはちょこちょこと鼻を駆け上がって頭の上に乗った。
(目を覚ましたのかな?)
たぶんそうなのだろう。
彼女は猿を頭に乗せたまま、寝床へと戻った。