小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

君が世界

INDEX|5ページ/12ページ|

次のページ前のページ
 

 あの苔のおかげか、火傷は痕こそ残っているが赤みは引いてきていた。引き連れたようになってしまったのは残念だ。肩の辺りは特に目立つ。――とまじまじと見ていて、それは違うのだとわかった。
 上腕から肩にかけて、褐色の肌に白く筆を入れたように文様が浮いている。火傷の痕の上からでもはっきりと鱗状の図柄が確認出来た。入れ墨だろうか。それは形を変えて背を覆いながら、腰骨まで伸びている。白いラインで描かれているせいか、翼のように見えた。
 人間がおぼれないように近くへ寄るとなぜか笑われた。
「犬かきなんだな」
(犬じゃないみたいだけどね)
 全体的な姿は羚羊に近いように見える。目は金斑の緑、耳は少し尖って大きく、毛並みの色は鈍色。長い緑のたてがみがあって、尻尾は狼か狐のようにふさふさで長い。
 元々人間でしかもよくわからない世界にいるとあれば、それが自分の知っている獣だろうが知らない獣だろうが、大差ないように思われた。それにそもそも人間だった頃の記憶もあやふやになりつつあり、特に困っているわけでもないし、まあいいか、という感じだ。
 人間は自分の体調はきちんと理解しているのか、泳いだりせず、顔を洗ったり髪をゆすいだりしていた。濡れるときらきらする人間の髪は短かったので、そう時間がかかるわけでもない。
 一通り洗って気が済んだのか、人間は彼女の毛並みに手を伸ばしてきた。目覚めてすぐは決して自分から触れようとはしなかったが、しばらく過ごすうちに慣れたらしい。彼女は人間の手を拒まず受け入れた。
 耳の辺りから首へ、たてがみを撫でられる。耳の下辺りを掻かれると心地よい。
「お前のたてがみは濡れてもごわつかないんだな」
(猿がゴミとか取ってくれるしね)
 気がつくと鈴なりになって蚤を取ったりあれこれと世話を焼いてくれる猿たちを思い出しつつ、彼女はうなずいた。
 しばらく撫でていてくれた人間はふーっと長く息を吐く。
「この森はどこもかしこも魔力にあふれているな」
(まりょく)
 彼女がきょとんとすると、人間は苦笑した。
「ちからがあるということだ」
(ちから……気配、のこと?)
 たぶんそうなのだろう。気配のことをどうやら魔力、というらしい。それは力であるようだ。
「いい森だな」
 心地よさそうに人間が目を閉じる。魔力があるのはいいことなのか。彼女は思い、自身も気配を探るように目を閉じてみる。
 それは水から生まれ、植物に吸い上げられて花となり、花は果実となり、果実は動物に食べられる。けれど動物は息をするたびにその気配を失っていき、足りなくなるとまた果実や花を食べる。
 巡っていく力の渦。それは目に見えない風のような、淡すぎて見えない光のようなもの。
(まいなすいおん?)
 つんと鼻先で人間をつつくと、青い目が開いて少し笑った。綺麗だ、と思う。
「わかったよ、もう上がる。体も冷えてきたしな」
(そうね、体は冷やしちゃだめ)
 つんつんと背を押しやるようにして湖から上がらせる。
 雫を垂らしながら脱いだ服を手に取り、人間がどうしようか悩むようなそぶりを見せたので、彼女はようやく、あーなるほど、と思った。
 湖に入る前に彼が見せたためらいがなんだったのか、ようやくわかった。
(拭くものがない上に着替えもない!)
 さすがに裸で獣の背にまたがるのは男性でも抵抗があろう。
 ううむ、と悩んだ挙げ句、彼女は大急ぎで寝床へ戻った。
 突然走っていき、しばらくして鞄をくわえてもどってきた彼女に、人間は目を丸くして、それから破顔した。


作品名:君が世界 作家名:なこ