君が世界
(大丈夫だよ、いらない)
首を横に振ってみせると、イゼルは自分の靴を貸すとかいろいろと言ってきたが、全部首を横に振って断った。
そのうちにぽんぽん跳ねたり歩いたりして大丈夫アピールをするサヤカに折れたのか、ため息をついてうなずいた。
(私が人間だと、イゼルはため息が多いの)
首をかしげたが、イゼルにその問いの意味はわからなかったらしい。
「あとで買うから、しばらくそれで我慢してくれ」
(うん?)
うなずいてから、街にいる間は人間でいなければならないのだと気づいて少し憂鬱だった。洋服はそうでもないが、襟元は苦しいし、なんだかイゼルはため息をつくし、人間は楽しくない。
(人間だった頃って、どんなだったっけ)
もうすっかり忘れてしまった気がする。
「ああ、そうだ」
イゼルはふと思いついたように何事かつぶやいた。魔力が放たれて二人を包み込む。サヤカの目には何が起きたのかさっぱりわからなかったが、見上げるとイゼルは苦笑した。
「軽い目くらましだ。そのままだと目立つから」
(目立つ?)
サヤカはイゼルを上から下までまじまじと眺めた。こちらの人間の基準はわからないが、言われてみれば、イゼルは目立つ方なのかもしれない。獣の姿で見ていたときにはほっそりして小さいと思ったが、人間の――今のサヤカの目からすると体格は大きいように思えるし、上背も高い。彫りの深い顔立ちはよくできた彫刻のようだ。
獣のときは全体のイメージで漠然ととらえていたせいか、人間で見ると新鮮だ。ふうんと思いながらまじまじと見ていると、イゼルが困ったように目をそらした。
獣のときはじっと見つめても笑っていたのに、なんだか変な感じだ。しかし、街へ行くなら人間の姿じゃないとイゼルが困るのだろうし、仕方ない。しばらくの我慢だ。
サヤカはイゼルへ手を差し伸べた。
(行こう?)
街へ、と見上げると、イゼルは苦笑してその手に自らの手を重ねた。イゼルの小さな手は、サヤカの今の手をすっかり包みこめるほど大きかった。