むべやまかぜを 2
「丸山さんは大井一矢さんの親戚で……」
「はあ。大井さん、大井さん? 誰でしたっけ?」
眼鏡のデブは大井一矢のことを知らないようである。丸山花世はそのほうがむしろ幸せだと思っている。
「蒼のファルコネットのシナリオを担当された方で……」
「ああ、蒼ファルですか! 売れてますね! はいはい! 蒼ファルですか! 売れてますよね 同人のショップでも売り切れになってて」
中年男は突然スイッチがはいったようである。
「火風亭ですよね。はいはい、あそこの代表の霧島さんとはこの前もお会いしたばかりですよ」
どうも、目の前の中年は『はいはい』がお気に入りのワードであるらしい。
「あそこもね、女郎花さんっていうイラストさんが、代表の霧島さんとぶつかって辞められたばかりでね……てすから、サークルとしてどうなるかと思っていたら蒼ファルがヒットして、まあ、霧島さんもなかなかツキがありますよね」
「え、ええ、そうなんですか」
早口でまくしたてるデブに、岡島は押されている。そして。
――あれ?
よくしゃべるヒゲダヌキを岡島に任せて、事務所の様子を伺っていた物書きヤクザはそこで、さきほどブースから離れていったばかりの斉藤女史が遠くからこちらのほうを眺めているのに気がついた。その目。イラスト担当の女性のまなざし。なんともいえない、醒めた目、というべきか。軽蔑するような詮索するような、はたまた嫌悪するような目。多分それは花世にむけられたものではない。それは……。
「……」
丸山花世は相手の心のうちを瞳の奥に覗き――一方斉藤女史は自分の内側を図るようにして見つめている少女のまなざしに気がついたのだろう。まずいところを見られたというような表情を一瞬だけ作るとそのまま事務所奥に引っ込んでしまった。
――なんじゃ? いったい……。
花世は会社の中の微妙な雰囲気を察知している。何かがおかしい。何かが……。
「で、あの、本題なのですが……」
岡島は言い、そこで暑苦しいヒゲダヌキは応じた。
「ああ、はい、うちでもね、新作をですね、作ろうと思いまして。それでお呼び立てしたわけですよ!」
「ふーん」
少女は気の無い返事をした。
「ちなみに、私、グラップラーの広報の三重野と言います。どうぞよろしく」