むべやまかぜを 2
「あなたも心に迷いが生じるぐらいの作品なのですから、それはもう一級の『絶望的な作品』でしょう。そう、思いませんか?」
大井弘子は笑っている。丸山花世はこれは恐ろしい化け物のような存在だが、実は上には上がいる。女主人はそう言いながらチョリソーとチーズを斉藤亜矢子の前においた。
「なんでも破壊する大きな龍。誰も花世を制御出来ない。天災みたいな子。私もコントロールできない。まあ、私も自分自身をコントロールしきれない部分があるから、やっぱり、血筋なのかしら」
女主人は穏やかに言った。斉藤亜矢子はなんともいえない表情をとして言った。
「……花世ちゃんは、私を買いかぶってるんですよ。きっと」
「さて。それはどうか」
女主人はグラスに安焼酎を半分ほど入れて、そこにレモンのスライスを浮かべる。客の前で呑むというのは大井弘子にとっては珍しいこと。
「私は、嫉妬されたり、憎まれたり……そんな人間じゃないです。ただ一枚いくらでイラストあげて、なんとか生活して。それだけです」
「でもルサンチマンを抱えている皆さんはそうは見ないでしょう」
「そうなんでしょうか……でも、私が三重野さんたちの考えを私がどうこうできるってものでもないんですよね」
斉藤女史はため息をついた。
「あの……大井さん?」
「なんでしょう?」
「どうすれば……いいんですかね。私。なんかいろいろと迷うことばかりで。このまま年ばっかりとって……」
大井弘子は物事をよく知っている。斉藤女史も、丸山花世には相談できなくても、大井弘子には安心して胸襟を開くことができるようである。
「肩も痛いし、目も悪くなるし」
「お互い、切実、ですね」
大井弘子は笑った。妹分は理想論だけ。若さ。けれど。アネキ分は長く生きていて、だから人の性、というものを知っている。
「私は、こう思うんです」
女主人は言い、斉藤亜矢子はカウンター越しに主人の顔を見上げる。