むべやまかぜを 2
ということに落ち着く。作品に対するスタンス。丸山花世の捉え方は宗教に近い。でも一方で、斉藤亜矢子はなんとなくだが、丸山花世の考え方に共感もしているのだ。
――自分が描いたキャラなりを踏みにじられたら、どんなに傷つくか。顔では笑う。仕事だから。でも胸が痛む。心が痛む。
だからイラストレーターは沈黙している。
「なんかさ……最初っから、この作品は誰にも愛されず、誰にも喜ばれないって分かってたんよ。誰にも祝福されない。まあそうだよね。でも、サイトーさんは、もしかしたら、なかなか面白いって言ってくれんじゃないかって、そんな淡い期待をしていたんだよね」
丸山花世はちょっとだけ笑った。それは普段小娘があまり見せない淋しげな表情。そして斉藤亜矢子は黙り込んだまま。
「……ま、いいけどさ」
丸山花世は言った。一瞬だけ見せた淋しげな表情はもう消えていた。
「アネキ。もう帰るわ」
「そう」
少女はそう言って、残っていた焼きおにぎりを口の中に放り込んだ。
「ごっそさん……」
丸山花世はさばけた口調に戻ると、ぞんざいな様子で店から出て行く。イツキ。それは新橋の地下にある小さな居酒屋。
残されるのは女主人とイラストレーター。
「ぶしつけな子ですみません。ご迷惑をおかけしたのでしょう」
大井弘子はまずはわびた。レフェリーストップはついにかからなかったのだ。斉藤亜矢子は最後までリングに立ち続けた。それは……やはりイラストレーターが自分の評価とは裏腹に一流だから、であろう。
「いえ、その……」
「ただ作品的な面では、私はあの子の肩を持たせてもらいます。ご迷惑をおかけしたのはあくまで、皆さんの心情の部分において、です」
女主人は回りくどい言い方をした。要するにそれは妹の弁護であるのだ。
「斉藤さん。作品は私も読ませてもらっています。私は花世の作品は良い作品だと思います。読みきったスタッフが血を吐くような作品。売れるかどうかは分かりませんが、三重野さんと仰いましたか、その方が勇気を振って作品になされば、記憶に残る後味の悪い作品になると思います。作品としてはクライアントの指示にきちんとこたえていると私は断言します」
「……」