むべやまかぜを 2
「サイトーさんもさ、結局は、ここにやってきたのは、会社の中でおかしな具合になって自分の立場が微妙だからって、そういうことなんしょ? 分かるよ。でも、それは単に、やっと目が開いたってだけのことじゃんか。今までは目つぶっていた。分かっていたのに知らんぷりをしていただけ。でも、三重野のおっさん達はずっと昔からサイトーさんのことも、ほかの能力のある人も、みんなを煙たく思ってたんだよ。もしかしたら、あのおっさんは、雨宮とか、高原みたいな自分の部下も本当は妬ましかったのかも。部下が伸びて、自分を追い越していくのが恐ろしくて仕方がない。気の毒といえば気の毒だけど、そんなものに私らがつきあう必要もないわけでさ」
何も出来ない人間がトップを張ることの弊害。一方で、そんなトップを打ち破ることが出来ない部下の実力不足。愚将と弱卒の組み合わせ、であろう。そして、傭兵としてそのような愚将の配下となった丸山花世は敵も味方も皆殺しにしてしまった。
「サイトーさんも、そんな連中のことを本当は馬鹿な奴らだって、軽蔑してたんでしょ?」
「……」
「自分の暗い感情に知らない振りしてて。それが抑えきれなくなって。だから、ここにやってきた。そういうことじゃんか」
はっきりと事実を言う少女に、斉藤亜矢子も怯んでいる。そして大井一矢はカウンター席で座っている客の様子をうかがうとはなしにうかがっている。誰かがレフェリーとして止めないといけない場面はある。その瞬間がいつか。主人はそれを見定めている。
「サイトーさんも、私のシナリオで気分害したかもしれないけどさ。それはしようがないよ。もともと亀裂がなかったわけじゃない。亀裂は厳然として会社の中にあって。それをただ私は書き写しただけ。それだけじゃんか。黙ってりゃいいっていう意見も分かるよ。でも、それ、黙っていたら物語にならない」
「……」
「今まで三重野のおっさん達が手がけていた作品が売れなかった理由はそれなんだよ。想い、曲げてるから。それじゃ、お客さんのここにボールは届かない」
丸山花世は独自の理屈を披瀝し、その上で、斉藤亜矢子の顔を覗き込んでいる。
「なんか……私の言ってること、変かな?」
変。変といえば変。でも正しいといえば正しい。
「うーん……」
多分、普通の人間であれば、
――変わった思考だな。