むべやまかぜを 2
斉藤女史は気にやんでいるのだろう。三重野たちが自分をどう思っているのか。三重野たちが本当のところで自分をどう感じているのか。なんとなくではあるが理解していたこと。うすうすとであるが感じていたこと。だからこそ斉藤女史は卑屈な笑みを浮かべる三重野たちのことを心の底から軽蔑していたし、今も軽蔑している。だが、そのことを作品として突きつけられるのは斉藤亜矢子としてもショックなこと。才能がある人間のことを人はいろいろと言う。だが、才能がある人間が鋼の魂を持っているというわけではないのだ。
「そんなの当たり前じゃん。三重野たちはサイトーさんのことを嫉妬してる」
丸山花世はだが、決然として言った。
「ただ、作品は現実とは違うよ。だから、私が書いたシナリオは現実と寸分たがわないものではない。でも、一方で、作品は人生の投影。作品こそが人生。そうでしょ、アネキ」
丸山花世は強情である。女主人は茹で上がったアスパラを切っている。ウーロンハイが入ったグラスの周りには水滴がついている。外は梅雨空。
「みんな、なんか様子がおかしくなって。暗くなって。本当に絶望してしまったみたいで。私も三重野さんたちのこと、実際にはそれほど好きではなくて。でも、気の毒になってしまって。三重野さんも痩せてしまって……」
「でも、それ、自分達で望んだことなんよ」
丸山花世は言った。
「優しい愛の物語を書いてくれって言われれば、そりゃ、私もそう書くよ。勇ましい冒険譚を書いてくれって言われればそうする。でも、連中は絶望を書いてくれって言ったんだよ。触れた人が気分を害して、後味が悪くなるような、そんな作品。私が、連中の意向を無視してそういう作品を作ったんだったら、それは私が悪い。でも、連中がそれを望んだんだよ」
丸山花世は続ける。
「もとよりスタッフが落ち込まないような作品は、お客も落ち込まないんだよ。だから、ほかに私には通せるスジってなかったんだよ」
丸山花世は誰かを嘲ったり、侮ったりもしないし、怒っているわけでもない。
「ほかに方法はない。いや、あったのかもしれないけれど、私には思いつかなかったんだ。本当だったら、そこで、三重野のおっさん達が、いろいろと指示を出せばよかったんだ。でも、それができなかった。やる気が無かったのか」