むべやまかぜを 2
「アワビですか?」
「ちがうよ。トコブシだよ。知らんのん? サイトーさん」
「え? うん……」
「余らせてしまって。召し上がってくださいな」
大井弘子は言い、斉藤女史はトコブシに箸をつけた。
「……うん……おいしいですね。ああ、プロの人の料理をおいしいというの失礼ですか……って、大井さんは、本職はなんなんですか? ライター? 小説家? それとも料理屋さん?」
斉藤亜矢子は尋ね、大井弘子はただけ首をすくめただけだった。
「それよりも、どしたん、サイトーさん? アネキに用?」
丸山花世はこちらも不思議そうな顔をしている。いったい何をしに斉藤女史はやってきたのか。わざわざ岡島に確認してまでイツキにやってくるということは、相当のことであろう。
「あのね……」
斉藤女史は居住まいを正して言った。
「実は……まあ、大井さんにも伺いたいことがあったんだけれど、あなたに聞きたいことがあったの。花世ちゃん」
「何よ」
「作品。シナリオ」
「?」
丸山花世は終わったもの、終えたことには興味が無い。だが。
「グラップラーに送ってくれた作品、私もね、見せてもらったの」
三重野原案、聞き書き丸山花世。絶望的な作品。タイトルは未決。丸山花世はその作品をたった三週間で書き上げていた。書きあがった原稿はそのまま送信。それからしばらく過ぎているが、グラップラーの側から反応はまったくない。
――反応なんてなくていいけどさ。
丸山花世はそう思っている。
良いと思えば採用すりゃいいし、いらなければゴミ箱にどうぞ。けれど、自分は最善の努力はした。本当にそこだけしか通せないスジを通した。丸山花世にはそのような自信がある。
「あれは……」
斉藤女史はちょっと怯えているようでもある。
「何?」
「あの登場人物って、三重野さんたちの分身よね。モデルっていうか。言葉遣いとか、経歴とか……」
「うん。そだよ」
丸山花世は悪びれたところが無い。
「だって、それが三重野のおっさん達の望んでいたことでしょ?」
「まあ……そうだけれど」
イラストレーターは複雑な顔をしている。
「三重野さんたちは……どうもああいう作品は望んでなかったみたいで……」
「ふーん」
丸山花世はあまり興味がない。