むべやまかぜを 2
だが、しぶといだけが取り得の父親、一ノ瀬清は息子に牙を剥く。もみ合いになり、争いとなり父子は相打ちとなる。致命傷を負った一ノ瀬穣は幼馴染の少女に思いを告げ、自分の傲慢と独善をわびてると寺に火を放ち絶命する。
結果、三重野保の魂を素材にして作り出されたキャラクターはここに全員が灰燼に帰す。それは三重野保が望んだとおり。
――死ね。そいつがあんたの望んだことじゃんか。
物書きヤクザのそれが結論。そして作中残されるのはただ一人。希望を背負った少女のみ。
それが作品のあらまし。三重野たちが望んだ絶望の終局。
「不細工なストーリーだけどしかたないよなー」
丸山花世は、ぼそりと言った。
「ほかの人がやったらもっとうまくやるんだろう。連中に取り入って、金だけむしるような作品を作ったり……」
だがそれは丸山花世にはできないこと。なぜならば、彼女はライターではないから。
「ま、どんどんキャラが死んでいくし、絶望的だし、これだけぼろくそに書けばさすがの三重野のおっさんもゼツボーしてくれんじゃねーの?」
クライアントの指示通りに仕事をして文句を言われる筋合いもあるまい。
果たして三重野たちは完成なった作品をどう読むのか。大喜びしてくれるだろうか?
暑い曇り空の六月――。
丸山花世はいつもと同じようにアネキ分の店に顔を出していた。
イツキ。新橋の地下にある小さな居酒屋。時刻は十時をちょっと過ぎる。土曜日ということもあって、お客はいない。
「ふんふんふんー」
少女は意味のよく分からない鼻歌を歌いながら焼きおにぎりを食べている。一方、店の主人はそろそろ後片付け。
「花世。テストはどうだった?」
「ああ、うん。全然ダメだった。カンニングしようとしたけれどうまくいかなくて……」
大井弘子は成績の芳しくない妹に特に何も言わなかった。
「でも大丈夫だよ。補講受けてテキトーにやっとけば。どうせ最後に帳尻合わせるしさ」
物書きヤクザは言った。学業に意味など無い。丸山花世はそのように世の中を見切っているのだ。
「どうせそんなに勉強しなくてもエスカレーターで大学行けるしさ。良い学部は無理だけど」
少女はスカラベのペンダントを指で弾いている。
「ダメだったら、結婚すりゃいいじゃん。楽なもんだよ」