むべやまかぜを 2
一ノ瀬清。それは一ノ瀬穣の父親という設定。
「魂の分割……と」
少女はつぶやいていた。
それはずっと以前にアネキ分に教わったやり方。ある種の魔方陣、といっても言い。作品を作る上でのテクニック。三重野保という実在している人物の魂を二つに分割する。一方を主人公の穣とし、そしてもう一方を父親の清とする。
ただ単に主人公の一ノ瀬穣が死んでいくのであれば、そこには何の変化もなければ、何の感動もない。何も無ければ、何も残らなければならない。ただそれだけの記録。作品が展開される一週間の間に何のドラマが無いのであればそれはキャラの存在意義がないということであろう。だから丸山花世は三重野の魂を二つに分割して二人のキャラを作り出した。
まともな部分を残した息子。そして、三重野の汚れた部分の全てを押し付けられた父親の清。
傲慢、倣岸。相手が強いとへりくだり、相手が弱いと苛め抜く。虚飾とは裏腹に心の弱い、拗けた人物。そういう三重野の汚れた部分の結晶が父親の清となっている。丸山花世は思い出している。
「目からビームにょ! か」
部下を突然小突いてまわすような男。
「あれで四十だもんなー…
結局は、そういう人物。そのような三重野の薄汚い部分を抽出した一種の純粋悪が一ノ瀬清というキャラ。
「……いやな親父だよね。キヨシは。全然、清くねーじゃん。穢れっぽいよね。一ノ瀬穢?」
丸山花世は自分で作り出したキャラクターに本気で怒っている。
それでも、物語が始まった当初は一ノ瀬穣は父親のことは尊敬しているのだ。自分を養育してくれている相手。
「父ちゃんは、ゲーム会社じゃなくて出版社勤務、と。職種は『営業』、と」
中小の出版社に勤務する清は元は大手の出版社の営業担当という設定。だが、仕事をリストラされは再就職、リストラされては再就職と転げ落ち、現在の会社の社長に拾ってもらったというそういうことになっている。意図的に一ノ瀬清の人生は三重野保と重なるようにしている。それは、丸山花世の当然の選択である。言いたいことは作品の中で言う。相手が気がつくように。相手がこちらの意図に気がつくように。気がつかないのでは意味がない。それは花世が望んだことではない。そうではなくて、三重野こそが自分自身で言ったのだ。