むべやまかぜを 2
花世は自分の作品の中で言いたいことを言う。それが作り手の姿勢であると知っているから。そして、そんな夢魔=丸山花世の言葉に一ノ瀬は激しく反発する。
――おまえには関係ない!
心の奥に踏み込んでくる夢魔に一ノ瀬は錯乱し、絶叫する。だが、夢魔は相手が錯乱しようが、どうなろうが知ったことではない。
――なんかさー。心の弱い奴ほどすぐに言うんだよね『カンケーない』って。弱い心のバロメーター?
そして。間の悪いことに海の向こうから朗報が届くのだ。物語序盤から中盤にかけての出来事。それは、佐藤晃の作品が海外のコンペで認められたという知らせ。一方で、それは一ノ瀬穣にとっては苦い報せ。友人の成功。当然のように夢魔はそのことを突いてくる。
――佐藤晃、か。うまくやってるみたいじゃんか。同じ年。同じ街で生まれて、同じ高校。友達。でもあっちはコンペで賞貰って雑誌の取材攻勢とか。いいねー。あやかりたいねー。
夢魔は……つまり、丸山花世は一ノ瀬≒三重野の心を見透かしている。
――『オレはプロデューサー。佐藤は監督、ね』。それって結局はルサンチマン。友人に対する嫉妬。海の向こうで友人は有名人になる一歩を踏み出した。けれど、あんたは、ただのチンピラ。誰もあんたのことを知らんし、誰もあんたのことを気にもとめない。まー、当然か。
キャラクター一ノ瀬は死の恐怖もそうだが、夢魔の言葉に一ノ瀬は追い詰められていく。当然そのセリフはそれを読む三重野も追い詰めていくはず。
――いい作品を撮れない。作品を作る自信がない。作れないから監督ではなくてプロデューサーならできるかも、か? 甘いっつーの、馬鹿! プロデューサーなめんな! まともなプロデューサーは脚本自分で書くし、コンテだって切るっつーの! スペシャリストになれないからゼネラリストっていう感覚がふざけてんだよ! あんたはゼネラリストでもない。何にも出来ないただの無能なんだよ。
丸山花世は残酷であり無慈悲……だが、それを望んだのは三重野本人。
――同僚のイラストレーターに嫉妬して、その裏返しての横車の押し放題! テメー、実力の無い人間が伍していけるほど世の中甘くねーぞ!