むべやまかぜを 2
「会社の金で芸人に芸をさせる、か。ま、やってやりましょ。売るのはあんたってことだから。そういう覚悟は買いましょ」
丸山花世はパソコンに向かう。物書きヤクザは普段あまり見せない羅刹の顔でキーボードを叩き続ける。物語は軽快に、怒りをはらんで進んでいく。
五 佐藤晃……サイトーさん(一応)。
三重野保≒一ノ瀬穣であるならば、彼の心の拗ける原因となった人物もまた作品に登場を願わなければならない。それが、佐藤晃というキャラクター。一ノ瀬穣の友人という設定で、この男は名前として出てくるだけで本編には登場はしない。
「佐藤晃は優れた能力を持っている。高校を中退して渡米、映画をたった一人で作り始めているという設定だよね……」
丸山花世はキーボードを叩き続ける。
――オレはプロデューサー。晃は監督。そうやって、いつか、俺達の映画を作るんだ!
一ノ瀬穣はそのような夢を仲間達に語り続ける。オレがプロデューサー。晃は監督。そしてそのことを仲間達も認めている。
――オレの元で晃にいい作品を撮らせるんだ!
だが、プロデューサー志望である一ノ瀬は物語の中で特に何か努力をするわけではない。ただ、そう言うだけ。アクションを起こすわけではない。それを誰かに指摘されると一ノ瀬はこう答えるのだ。
――晃は海の向こうで修行しているし。それが終わってからでも動き出すのは遅くないだろう? オレもまずは勉強だよ。
そして仲間達はそれ以上に一ノ瀬のことを問いただしたりしない。プロデューサーに必要なのは金。一介の学生ではどうこうできないレベルの金。
――まあ、そうだよな。金を集めるのは難しいよな。
全ての人がそのように納得する。ただ夢魔だけが、そんな一ノ瀬の本心を見抜いているのだ。若者に取り付いた悪魔はことあるごとに彼を愚弄し嘲笑する。
――あのさー。なんでプロデューサーなんよ。あんたの年だったら、監督じゃないの? 監督になって好きな映画を撮る。違うん?
歯に衣着せぬ夢魔の言葉は、それはプロデューサーを名乗る三重野に対する言葉でもあるのだ。
――あんたさー、プロデューサーなんて名乗っちゃいかんよ。何のサイノーもないんだから。