むべやまかぜを 2
「この人が? エロのイラスト描いてん?」
「そうですよ……」
「え、でも、女の人じゃんか、この人」
「男の人だって、言ってないですよ」
岡島は花世が見せた表情に僅かに動揺している。さらには真実を知ったその後に見せた丸山花世の行動にさらに混乱することになるのだ。
「ふーん……へー……あんたがねえ……ふーん……」
花世は珍品を見るようにして言い、一方、ピンク色のブラウスを着けた美人は少女のぶしつけな視線にも笑っている。
「イラストの人ってもっと小汚いのを想像してたんだけれど。へー。ふーん」
「あの、丸山さん、あんまりそういう失礼なことは……」
「ああ、悪ィ、悪ィ。ふーん。へー、色っぽい挿絵描く人がこんな人だったとはなあ……」
丸山花世は大いに感心し、一方、べれったも負けていない。
「……あなただって、結構なストーリーを作ってたでしょう。女なのに」
斉藤女史はあるいは、龍川綾二の作品の裏事情を知っているのか。挿絵の担当だから、物語の内容を知っていると考えるのは浅薄というもの。忙しいイラストレーターは作品の内容を読まずに編集のラフコンテを見て適当に仕事を上げる者も珍しくない。
「聞いたけれど、あなたが作品の監修をしたんでしょう? 岡島さんにそう聞いたわ」
「監修って、そんなたいしたもんじゃないっすよ。あんなものは誰にだってできることで。それに、あの作品を実質的に書いてたのは龍川って男で……」
「お亡くなりになったんでしょう。話は聞きました」
斉藤女史は気の毒そうに続ける。
「まだお若かったんでしょう」
岡島も龍川の名前に苦い顔をしている。看板作家がただ単にいなくなったというだけではない。それは、よき友人がいなくなったということであり、未来を担うべき人間がいなくなったということ。極端なことを言えばエロラノベという業界が今以上に衰退していくという一種の象徴事。丸山花世もなんとなくそのことを察しているが、それは言わない。
「とにかく中にどうぞ」
べれったこと斉藤女史はそのようにして、事務所に客人をいざなった。
「行きましょう」