むべやまかぜを 2
三重野という男の道楽のために作品を作る。それは結構なこと。でも丸山花世がそういう道楽に付き合う必要性もまたないのだ。三重野のやっていることは結局はお座敷でコンパニオンに芸をさせるのと同じこと。そして作品はそういうものではない。花世は知っているのだ。名も無い作り手たちがどれほど真剣か。そういう人々のささやかな努力を知っているものとしては、『金を撒いてやる、お前はオレの言うとおりに働け』というような輩に、
――はい、そうですか。
と笑って付き従う義理はない。その金は他人のもの。自分は何の担保も保証もしない。かといって的確な指示も出せない。知恵も出せず金も出さず。ただ肩書きがプロデューサーだから命令する。そんな命令に重みなどない。やるからにはやる。けれど筆は曲げない。それは丸山花世のポリシーである。
「それから……」
「なんでしょう?」
「ひとつだけ断っておくけど、あんたら、私と同じ立場ではないから」
「……」
「あんたらは、私と同じ側にいて、読者の方を向いていると思っているみたいだけれど、そうじゃないからさ」
花世は決然と、だが馬鹿にも分かるように言った。
「あんたらも私にとっては読者だからさ。私の外にあって、私の作品を眺めるものはみんな読者。衝撃的なもの、絶望的なものを作れといわれればそれは作る。でも、その絶望は当然、ここにいる全員も味わうことになる……それ、分かってる?」
「……」
三重野は意味が分からずぼんやりしている。神田は最初から電源が入ってないのかこちらは硬直している。雨宮は……つまらなそうな顔をしているばかり。
「私が爆心でさ。だから、一番近くにいるみんなが、一番精神的なダメージを蒙るんだ。そういう作品でないときっとお客には本当の意味での後味の悪さって伝わらないと思うんだよね」
「……?」
丸山花世の言葉はおそらくスタッフには伝わっていない。だが、それでいいのだ。
「一応確認するけど、そういうの、あんたらには耐えてもらうけど、いいね?」
「ええ、耐えるのはね、神田君ならば慣れていますしね! 前の会社で上司にいびりまくられてもじっと我慢して耐えていましたしね!」