むべやまかぜを 2
「子供の頃は絵を描いていれば楽しくて。幸せで。ただ、それだけでよくて。漫画家になりたいとか、そんなことも思っていて。でも……いつの間にか何もかもがルーチンワークになってしまって。本数とか数字とか。魂が擦り切れていくようで……」
イラストレーターは肩が痛いのかしきりに右の腕をゆすっている。そして花世はいつものようにテキトーにかつはっきりと言った。
「結婚したらいいんじゃねーの?」
「……」
誰かの慨嘆には付き合わない。丸山花世はそのあたりストイックである。
「えーと……そういう話では……」
「そういう話じゃねーの?」
丸山花世はしれっとしている。
「女なんだからさ。結婚して逃げっちまえばいいんだよ。別にそのことで誰も何にもいわないっしょ。寿退社なんだから。子供生んで出生率の低下に歯止めかけてやるんだ。文句言われる筋合いねーっつーの」 」
物書きヤクザは相手のことを茶化しているわけではないのだ。本当に心からそう思っている。本当に、結婚してしまえば言いと思っている。そして、それは案外だが、斉藤女史にとっては一番良い選択ではなかったか。
「ダンナの稼ぎあてにして、で、テメーはテメーで出来る範囲でやりたいことをやる。竹内まりや状態? ああ、でも、そのためにはまともなダンナを見つけないとダメだけど。男ってすぐ髪結いの亭主化しちまうっからさ」
「……」
「結婚が嫌なら……会社辞めちまえば? フリーでやってきゃいいんだよ。賢鳥は良木を選って止まるって言うじゃんか。アホと一緒にいてもいいことないしさ」
「会社辞めるって……今辞めたら、グラップラーは立ち行かないと思うの。高原君のラインは赤字続きだし、三重野さんがやるっていうラインも……ねえ」
丸山花世は全ての本質を理解しようとしている。