むべやまかぜを 2
「不思議よね、花世ちゃん。ジャズが好きな人は、演奏者の質については語るけれど、自分でも演奏できるって思う人は少ない。食べ物でもそう。食べ歩きが趣味な人はお店の技量の良し悪しは言うけれど、自分でも人に出せるほどのお寿司を握ったり、てんぷらを揚げる人はいない。で、そのことを別になんとも思わない。作り手と受け手の間には境界線があって、それをみんな当然と思っている。ただ秋葉原に集まってくるような人たちだけが、自分も一線級の作り手と同じか、それ以上のことができると思っている」
自分でもできる。自分でも。自分でもイラストぐらいは描ける。自分でもマンガぐらいは描ける。自分でも小説ぐらい書けるし、プロデューサーやディレクターににはなれる。でも、それは本当なのか。
「まあ、そりゃ、あれだよね、要するにオタクはアホってことなんじゃねーの? 常識がねーっつーか」
「そうかも」
斉藤女子は笑った。
二人連れは万世橋のたもとにたどり着く。
ネオンの明かりが春の夜空に妙に白々しい。
「三重野さんね、この前もトラブルを起こしたばかりなのね」
「……」
「三重野さんはどうも私のことを自分の手駒とか、そういうふうに考えているみたいなのね。俺が管理してやってるっていうか。そんなことしてくれなくてもいいのに」
――能力の無い人間のおせっかい、か。
憎まれる人間は何をしても憎まれる。
「ある雑誌で連載を戴いて。で、はじめようとした矢先に、自分を通していないのは納得がいかないとか突然怒りはじめて。私も出版社の人と揉めたくなかったんだけれど、でしゃばってきて。話が壊れてしまって」
斉藤女子は中年男の暴走に疲れ果てているようである。
「なんかね、そういうことが多くて」
「そりゃ、そうだろうね」
人間の組み合わせは二×二で全部で四つ。バカと利口、でしゃばりと控えめ。その二×二。利口で控えめ、利口ででしゃばりはまあよしとして、バカで控えめまでは許される。だが、バカなでしゃばりは手に負えない。
「出版社や同業者。アニメの製作会社。いろいろなところに出入りして。でも、何の意味もなくて。ただ、走り回って。ただ、知り合いが増えたって名刺の束を自慢して」
「まあ、どうにも痛い四十男だよねー」