むべやまかぜを 2
物書きヤクザは頷いた。三重野と神田は放置しておいても構うまい。もとよりそれほど価値のある人物ではないわけであるし。花世は三重野に特に何も言わずにその場を離れる。社会人のマナーは気にする必要が無いというチーム三重野の掟に従ったまでのこと。
「社長。見んのは初めてだね」
「社長の事務所、別階だから」
「……」
「それにしても、丸山さん、あなた、言いたいことは何でも言ってしまうのね」
イラスト殿はちょっと非難しているようでもある。
「言いたいこと言わない作家は作家じゃないっしょ」
花世はしれっと言い、それを聞いた斉藤女史は苦い顔を作った。
「……まあ、そうだけど」
イラスト殿は苦い顔のまま丸山花世を奥へといざなう。
この娘には何を言ってもダメ。あるいはべれったは諦めたのか。
「それと……やっぱり、丸山さんはやめて。能力のある年上に『さん』付けされるのはやっぱり人として間違ってるよ」
「……能力の無い年上に『さん』付けされるのは?」
「それは当然でしょ」
丸山花世は自分が来た方を振り向いている。三重野と神田。遠くから見る二人連れは周りからも相手にされず、非常にうらぶれて見える。
「それでは……花世……ちゃん」
「ちゃん……か、まあ、いいや」
花世はあいまいに言った。
果たして。洋風居酒屋の奥。一番奥まった席。そこに有限会社グラップラーの社長が鎮座していた……というか、置き忘れられていた、というべきか。そばにいるのは若い女性社員だろうか? 一人いるきり。
「社長、丸山花世さんです。次の作品のシナリオを担当します」
「……ああ、あなたが」
まだ若い社長。線の細い、学生上がりの企業家といった風情の人物。
「どうぞ、座ってください」
社長は言った。あたりにはあまり人がいないが……それでもコンパニオンがついているだけ三重野よりはましか。
「こんちわ。丸山っす……」
物書きヤクザは頭を下げると進められた席について。初めて会う社長殿は……三重野よりはましな人物である。
「なんか随分と奥まったところですね」
まるで座敷牢。そうでなければ床の間。居酒屋奥の角席を物書きヤクザは見回している。と、なると社長はお飾り、か。
「まあねえ……」