むべやまかぜを 2
三重野の言葉には脈絡がない。どうして人を育てるなどということを思いついたのか。何を言ってるのかさっぱり分からない。
「あんた、プロデューサーやめんの?」
花世はずけずけと尋ね、三重野は一瞬沈黙してから言った。
「いや、それは、ね……まずはプロデューサー業をやって」
中年男の言葉は支離滅裂である。だが花世はそのことには触れない。相手がまともでないことはよく分かっているのだ。
「高原君も、雨宮君も以前の会社では十分に力を発揮できなくてね……ですから、僕がね、グラップラーに呼んだんですよ。力にあった働きができる環境を整えてあげたわけですね」
「ふーん。まあいいけどさ」
物書きヤクザの合いの手はテキトーである。相手の話をきちんと聞く必要など無い。一方、斉藤女史のほうは嫌な顔をしている。押し付けがましく身勝手な中年男。普通の女性であれば、それは軽蔑の対象になるのだ。
「グラップラーのブランドをもっと大きくしていかなければ。僕のブランドなわけですし……」
三重野の言葉に神田は黙っている。何の表情も顔には映さない。そして花世は気の毒な中年男にそろそろ飽いてきている。
「ふーん。あんたのブランドねえ……」
「……」
「ま、いーけどさ。とりあえず頑張ってよ。営業さん」
丸山花世は『営業』という言葉に力点を置いて言った。その言葉に、三重野は方向感を失ったような奇妙な顔になった。頭の悪い営業殿は……もしかしたら丸山花世が自分に好感を持っていないことをはじめてそこで知ったのかもしれない。そして。話の成り行きを見守っていた斉藤女史が、そこで慌てたようにして言った。
「あ、あの、丸山さん……」
明らかに雰囲気が悪くなる予感を女性イラストレーターは抱いたのであろう。
「ああ、うん。花世でいいよ」
丸山花世の視界にはすでに三重野の姿は無い。知りたいことはもうすでに知ったし、理解したいことはすでに理解した。
「ちょうどいいから、うちの社長に会ってください」
斉藤女史も三重野のことは嫌い。これ以上同じ場所の空気を吸いたくはないのかもしれない。それ以上にこのまま丸山花世を放置しておけば、警察沙汰になるかもしれない。豪胆な小娘に比べるとイラスト女史は神経質で潔癖である。
「あ、うん、そうだね」