むべやまかぜを 2
――要するにこれが、この男の絶望ね。この程度の絶望。
絶望、絶望、絶望。
人がどんどん死んでいく。後味の悪い作品。そのような作品いったいどこに根ざしているのか。ちなみに丸山花世にはそういう絶望は無い。だから、おまえの絶望を書いてみろと言われても書けない。エロを書くよりも絶望を書くほうがよほど難しいのだ。何故なら、その感覚がないから。絶望をしている暇があるのだったら自分で自分の作品をつむいでいけばいい。作品を作ることは希望をつなぐということ。だが三重野にはそれができない。だから絶望する。
――ルサンチマンね……。
物書きヤクザは納得している。
中年男のルサンチマン。オタク業界しか知らないオタクの成れの果て。夢の残骸。それが絶望的な作品。
三重野は五月雨的に、けれど自分を排除して盛り上がっている会場を澱んだ眼差しで眺めている。そして斉藤女子は、こちらも何も言わない。丸山花世はそんな二人の様子を眺めている。
――うまくいってねーよなー。この会社は。
物書きヤクザ者は内訌の存在を感じ取っている。
――利益が出ているうちはいいけど、そうでなければいっきに転げ落ちるわなあ。
と。酔客の輪から押し出されるようにして何者かが丸山花世のやってきた。頭の中のぜんまいが途切れがちなディレクター、神田であった。
「……」
ディレクターは丸山花世の姿を見ても特に何も言わず、また、三重野もぶしつけな部下に注意をしなかった。挨拶なんかどうでもいい。社会人としてのマナーはクリエイターには不要。それがグラップラーの、というか、チーム三重野の掟であるらしい。そして花世も自分がぞんざいに扱われたからといって特に怒ったりはしなかった。それに。
「来たな! 食らえ、目からビームにょ!」
三重野が突然そのように喚き、神田の胸の辺りを小突いたのだ。それは突然の、また意味不意の行為。一般的な常識人からするならば愚行であった。力任せの拳を胸に貰って神田は『うっ!』と苦しげに呻き、斉藤女史はなんともいえない暗い顔を作った。四十男が、
『目からビームにょ!』
とは……それで世の中通っていくのか? そんなことでいいのか。だが、丸山花世の視点は少し違う。
――目からビームって……あんた、それビームじゃなくて正拳突きじゃんか。