むべやまかぜを 2
「で、雨宮博明。こいつも専門学校卒で……エロゲー会社シンプルトンを経てAポイント。シンプルトン? シンプルトンって『うすのろ』って意味じゃないのか? まあいいけどさ」
物書きヤクザはトンマな命名におかしな顔をする。自分のことをうすのろ呼ばわりする会社はよほどのマゾなのか、本当に頭が悪いのか。
「神田要は、ああ、こいつは、高原の後輩になるのか。クロイツ出身」
経歴だけを見る限りであるがスタッフにはぱっとしたものは無い。物凄く有名な作品に携わっていたというわけでもないし、物凄く売れた作品に変わっていたというわけでもない。
「で、上は三十九歳。高原は三十七。雨宮二十七に、神田二十四……」
少女の顔色は冴えない。
「絶望、か」
以前であるが、丸山花世はアネキ分の大井弘子からこういうことを教わっていたのだ。
――相手の言葉よく聞きなさい。相手の言葉に『浮き上がった』ものを感じたら、それはその人の物語を読み解く鍵。そして、それこそが物語の神様の言葉よ。
「記録よりも記憶。衝撃的。後味の悪いもの。で、絶望……」
グラップラーのスタッフはみな笑っていた。笑いながら『絶望的な作品を』と言っていた。つまりそれは……。
「斉藤のねーちゃん、か……」
物書きヤクザは一方で、イラストレーターの暗い瞳を思い出している。こちらをじっと見ていた軽蔑するようなまなざし。それは、ほかのスタッフの乾いた笑顔の裏返し。
――ラインは二つ。べれったのラインと、高原、神田のライン。で、三重野が参入。
斉藤女史はいろいろな版元でイラストの仕事を請けるぐらいだから、看板といっても言い。つまり……主軸は斉藤女史。
「会社内の勢力図がおかしなことになってんのかね」
花世はつぶやいた。小娘の目から見ても三重野保らは存分におかしい。一方、花世の見た斉藤女史は、ごくごくまともな人物である。あくまで表面上は、の話であるのだが、それでも、ほかのスタッフが手に負えないぐらいにおかしいので、それに比べれば斉藤女子はやはりまともに見える。
「フツーのねーちゃんだったら、あんなヒゲデブ評価しねーよなー。何がバルディオスだよ。んな古いアニメ知るかっつーの!」