むべやまかぜを 2
サンプル。パクリとも言うしオマージュでもいい。けれど、何か取っ掛かりがないと困るのだ。学園物で悲劇。ファンタジーでコメディ。触手でエロ。具体的な指示もないままに、
――絶望的で後味の悪いもの。
と言われてもそれは何を意味するのか、
「私の中にはそういう絶望的で後味の悪いものってないからさ。あんたが指示を出してくれないと、なんもならんよ」
隣で聞いている岡島は無言のまま。彼も、状況を理解して苦悩している。
「……そういうのは、ないです」
神田が言った。
「特に、想定とするようなサンプルはない……」
ぶつぶつと、ヘドロのたまった沼の底から上がるメタンガスのような神田のつぶやき。
「つまり、何も無いところからまったく新しいものを生み出すわけ? 私が?」
花世は尋ねた。
「……」
物書きヤクザの言葉に誰も答えない。誰の頭の中にも無いものをどう作れば良いのか。
「それを今から話し合って作るんじゃないですか!」
高原は景気よく言ったが、喚けばそれで名案が浮かぶと考えるのは拙劣というものだろう。
「とりあえずですね、アニメの作品で言いますと、ね」
三重野が言った。
どうも、こういうことであるらしい。実権を握っている営業担当の三重野が鶴の一声で持って、
『絶望的で後味の悪い作品を作ろう』
と言い出し、それにお追従の高原が従い、さらには下っ端の神田であるとかゲイ雨宮がわけも分からないままに従っている。けれど三重野は営業担当であって、この男には作品を作ることはまったくできない。だから話が滅茶苦茶になる。
「ええとですね、ご存知ですかね、バルディオスという作品」
「は?」
デブの中年男は目を輝かせているが、丸山花世は相手の言っている意味が分からない。
「ああいう作品をですね、作ってみたらいいかと」
丸山花世はきょとんとなって、それから、不思議そうな顔のまま隣に座っている岡島にこう訊ねた。
「ねえ、オカジー、ばるでぃおって何?」
「えーとそれはですね……」
非常に困ったようにしてオカジーは顔をゆがめた。
「随分と昔のアニメですよね、僕も見たことないです」
「バルディオスのすごいところはですね、最後に地球が滅亡してしまって、そこで完ということでしてね!」