むべやまかぜを 2
「で、あんた、絵とか描けるの? シナリオは?」
「いや、そういうことはですね、うちには優秀なスタッフがいますから」
――こいつ極限のバカだな。
丸山花世は相手の底の浅さを見透かしている。
年長であるからプロデューサー。年功序列でやっていけるほどオタク市場は甘くない。年長だから百歳のボケ老人がプロデューサーになるという理屈が狂っているのとそれは同じ。
「で、みんなで話しあったところ、今回はべれったと……もうひとつ高原と神田のほうでやっているエロのラインとはさらに別の、第三のライン、エロ抜きのものをやってみようということになりまして、ね。それでコンセプトは『絶望』」
「ふーん」
丸山花世は特に何も言わなかったが、内情を理解している。
――要するに……自分でも口出ししてみたくなったってそういうことか。
何も分からない人間。何の能力も無い人間。けれど、そいつが突然現場に口を挟んでみたくなった。
気まぐれ。それとも、自分でもできるという慢心か。
「それで、絶望的なものっていうのはいいけれど、そんなもの売れるの?」
「いや、それは、僕が売りますから」
「僕が売りますってねえ……」
話がループする不快感。丁重な傲慢さ。血の巡りの悪い暴君。この会社はダメな会社。花世は思っている。
「それに同人ですからね。コケてもそれほどの損がないので問題ないんですよね」
そういうのは、いいのか。そういう判断で経営的に正しいのか。
「できればですね、ユーザーをね、欝な気持ちにさせてやりたいんですよ!」
三重野保は嬉々として言い、そのあとをついで調子のよい高原が言った。
「やり終えて、ぐったりとするような。そういう作品をやってみたいと、まあ、そういうことっすよ!」
丸山花世は社員全員を顔を眺めて回す。何の意思も熱意も無い。ぼーっとした死人の群れ。丸山花世はだんだん不安になってきている。
「そういう作品はやったことがないからよく分からんけど……どういうものを想定してんの? なんかサンプルとか、こういう系統っていうものがあれば、ちょっと言ってみてよ」