むべやまかぜを 2
どうも同人の世界ではWCAはまったく有名ではないらしい。グラップラーの社員達の反応は一様にぼんやりとしたものであった。もっとも、そんなことはどうでもいいこと。
「えーと、最初に言っときますけど、私、エロは書けないですから」
書けるかもしれない。多分、できる。でも、命を失うまでエロラノベに打ち込んでいた仲間のことを思えば、軽々に『できます』などと言うべきではない。物書きヤクザにも仁義がある。
「いや、ね、もうね、それは分かってますから」
三重野が笑っている。
「今回はですね、エロ抜きでやっていこうと、そういうことコンセプトはスタッフの間でも決まっているわけでして……」
スタッフ全員が頷いた。社内で意思の統一はできている……らしい。
「記録よりも記憶に残る作品。今回はそういうものを作りたいというのが一致した意見なわけですね」
三重野は熱弁を振う。
「うちのグラップラーブランドも頭打ちで、このあたりで何か起爆剤となるものが欲しいんですよね。ですからね、べれったのラインと、すでに高原がやっているラインの二つのラインとは別に第三の新たなラインをたちあげていこうと、そういうことになった次第なんですよねて……」
「ふーん」
丸山花世は首をかしげている。
記録よりも記憶。ヒゲデブの発言が物書きヤクザにはちょっとひっかかったのだ。
「あのさー、記録より記憶はいいけどさ……それって、セールスとかはどうでもいいってこと? なんか最初から、試合を投げたような嫌な負け犬根性に聞こえんだけどさ」
花世は言い、そこでホモ雨宮がすぐに反論してきた。どうも、雨宮という男は物書きヤクザのことを嫌いなようである。生意気な小娘と思っているからなのか、それとも、もしかしたら何もしなくても女をやっていられる物書きヤクザに嫉妬をしているのか。
「いや、そんなことはない。別に負け犬なんてことは、そんなことはない」
雨宮の言葉には小さないらつきが感じられた。
「へー。そうかね?」
いきがっている雨宮のことをもの書きヤクザは適当にいなした。
「社員の人だったらセールスの記録か残ったほうがいいんじゃないの? 私は別にどっちでも良いけどさ」