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笑顔の拒絶[Fantastic Fantasia]

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 次の日、レンは午前中から店に来ていた。
「いらっしゃいませ」
 ドアベルが鳴り青年が昨日と同じ笑顔でレンを迎え、慇懃に礼をする。
「またお越し頂き光栄です」
 金色がさざめきじゃれる様にレンに纏わり付く。青年は元から笑って細めている目でそれを眺める。何か言いたそうだな、とレンは感じたが何も言えず替わりに外向けの笑顔を向ける。
「おはようございます。昨日あまりに居心地が良かったのでまた来させて頂きました」
 青年もまた笑顔をレンに向ける。
「そうだ。良い茶葉が手に入ったので一杯如何ですか。御馳走しますよ」
「では、お言葉に甘えて」
 レンも笑顔を返す。互いににこにこと笑顔で話す様は傍目には和やかだがその実、お前には対外的な態度しかとらないと云う牽制でしかない。
 青年がお茶の準備をするために奥に消えるとレンは表情を崩し息を吐く。自分は此処では他所者なのだ、と思った。呼ばれずに彼の領域に踏み込んだのは自分なのだ。だから彼が許してくれるまで自分も彼に対する態度を変える訳にはいかない。彼がそれを望まなかったら、自分がそれを望んでいいとも思えなかった。
「ああ、お前たちは優しいな」
先程よりはしゃいだ金色がレンの周りをぐるぐると回った。
違和感が消えない。外面しか見えないせいではなく、青年に違和感が消えない。
「お待たせしました」
 お盆を持った青年が帰って来る。青年はレンに椅子を勧めるとソーサーの上に温められたカップを置き、ポットから紅茶を注ぐ。横にはクッキー乗った小皿を置いた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
 レンは青年に笑顔を向ける。一瞬映像がぶれた。青年はレンの机から一歩引いた所に立っていたのだが、もっと近くに居た様に感じたのだ。レンはその違和感に目をつむり紅茶に手を付ける。
「美味しいです」
「それは良かった」
 青年はにっこりと笑みを深くする。
 まただ、とレンは思った。今度はもっとはっきりと見えた。
「「どうしました?」」
 動きを止めたレンに青年が訝しげに尋ねる。声も重なって聞こえた。
「あの、お名前をうかがっても良いですか?」
「史間(しあい)未無(みな)と言いますが」
「史間さん、少しお話しませんか」
 もう我慢できない、とレンは思った。不可思議なことは日常茶飯事であるレンにも好奇心はある。そして思うにこれはわざとではない。ならば解決して見せよう。
「いいですよ。」
 史間はポットの乗ったお盆をレンの隣の机に置き、長話に耐える様に立ち直す。その仕草は戸惑っている様にも喜んでいる様にも取れた。
 レンはぶれた青年を観察する。
 史間は黒髪を僅かに伸ばしていていつも微笑んだような笑みを浮かべ目を細めていて、何処か気が弱そうな病弱な印象を受ける。それに対し史間からぶれて見える青年、今は独立して自分で動いている、は黒髪を長く伸ばし後ろで一つに括っている。小さな眼鏡を鼻に掛け聡明な印象を受ける目を開けてにやにやと笑う。何か企んでいる様な此方の反応を面白がっている様な印象を受けた。史間は一歩引いてレンに触れないようにしているのに対し、此方の青年はレンの横の椅子に座り机に肘をついて顔を覗き込むようにしている。二人とも同じような服を着ていて史間は青年に気付いていない様だ。
「昨夜は、」
 史間が口を開く。青年はにやにやとレンを見たままだ。
「昨夜はよくお休みになられましたか?」
「え? ええ。……少し考え事をしていましたが」
 本当は一睡もしていない。元々睡眠を殆ど必要としないレンには普通のことだったし、昨夜は宿も取っていなかった。
「このクッキーも史間さんが?」
「はい。お口に会うと良いのですが」
「美味しい」
 レンは素直に感想を述べる。
「「それは良かった」」
 史間は初めと同じ感想を述べる。青年はその答えが当然だと云うように応えた。
「「此の街でお知り合いはもう出来ましたか?」」
 青年も同じ言葉を言う。相変わらず、近い。
「あ、史間さんが一人目で……」
「「おや、それは光栄ですね」」
 同じセリフなのに表情も込められた感情も違う。レンは青年に少しいらっとした。
「高台にはもう行かれましたか?」
「はい、昨日」
「あの辺りは面白い構造の家が多いので何度行っても飽きません」
 レンは史間が当たり障りのない会話を選んでいるのに気付いていたが、自分から話し出すのも違う気がして居心地の悪い感じを味わっていた。
「あ、お茶のお代わりをお持ちしますね」
 史間がレンのカップが空になっているのに気付き席を立つ。青年は一人で残った。
「僕たち、絶対いい友達になれると思うんです」
 青年がレンに笑顔を向ける。
「あんた誰だよ」
 レンは史間に向けていた笑顔を崩し青年を見る。
「史間にはそんな言葉使わないくせに」
「お前はあの人じゃないからな」
「そんなこと言って良いのかな?」
 青年はにやにやと笑う。レンはチシャ猫を思い出した。
「お待たせしました」
 史間が戻って来てレンのカップに紅茶を注ぎ、自分用にも一杯入れた。
「あの、史間さんはお一人でこのお店をされているんですか?」
 レンは目の前の青年を無視して史間に話しかける。
「もう一人、いることはいるんですが……最近姿を見ませんね」
 そういえば、と首を傾げる史間にとレンは苦笑する。
「ご家族は?」
「いません。一人だけです」
 レンは職務質問をしている気分になって来た。自分のことを話しても良いのだが、史間は何も聞いてこない。
「君のことも教えてよ」
 青年がレンの服の袖を引っ張った。
「そうなんですか。俺も一人で此の街に来たので……」
 史間は笑顔のまま言葉の続きを待っている。
「また来ても良いですか?」
「勿論。お待ちしております」
 史間は元から決められていたように言葉を紡いだ。
「あ、あの、俺、望月廉也って言います」
「はい。望月様ですね」
「さまって……」
「望月様はお客様ですから」
 史間はそう言って笑う。
「他の商品もご覧になりますか?」
「あ、はい。じゃあ」
 史間に促されるようにレンは立つと棚へ向かう。棚に並んだ物たちは今日もまた温かくレンを癒してくれる。金色がはしゃいで飛びまわる。
 史間は紅茶セットを片付けに行った様だった。青年は消えていた。


作品名:笑顔の拒絶[Fantastic Fantasia] 作家名:幻夜