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拝み屋 葵 【肆】 ― 師道隘路 ―

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 *  *  *

 ―― 一ヶ月後。
 市営住宅の解体が終わり、新住宅建設のための施工式が開かれていた。
 市長を始めとした市役所の面々、住民代表、建築関係者、その他報道関係者が集い、儀式は粛々と執り行われている。
 葵は、その様子を遠くから眺めていた。葵の隣には、師の式神・薄の姿もある。
「それでは、お屋敷でお待ちしておりますぅ」
 師の言葉を葵に伝えた薄は、早々に立ち去ろうとした。
「ちょい待ち、ヒロから何か聞いてへんか?」
「あれから音沙汰なしですぅ」
 薄は大袈裟に悲しみを表現した。
「さよけ」
 対する葵は、淡白に一言だけを返した。
「もしかしてぇ〜、傷付いたりしてますかぁ?」
「縁があらへんかった、ただそれだけのことや」
「あまり気を落されませんよう」
 薄はうやうやしく頭を下げた。
 そのままの体勢で透明度を上げて消えていく。
「ウチ、向いてへんのかいな」
 葵は、ぽり、と頬を掻いた。
「それでは私もそろそろ」
 老女のようなしわがれた声が、葵に別れを告げた。
「見届けて行かれまへんのんか」
 葵は、胸に抱いたぼろぼろの市松人形に問い掛ける。
「信じていますから」
 市松人形には、子供たちを守るために自らを蠱毒と成した、市営住宅に土地を提供した吉村の母の残留思念が宿っている。それは吉村が見事に問題を解決した証だ。
 遠くに見える施工式の参列者の中には、満足した表情を浮かべた吉村の姿がある。
「ほな、お見送りしますによって」
 市松人形は、わずかに微笑んだように見えた。葵が微笑み返すと、人形は塵となって天空へと舞い上がり始めた。
 ほどなくして、人形がすべて塵となる。
 舞い上がった塵は、新しく建つ市営住宅用地に降り注ぎ、新たな住人たちに幸せをもたらすだろう。母の愛という力によって。
「おかあはん、か……」
 葵は、消えゆく感触を惜しむように、両の手を胸に抱いた。

 *  *  *

 紅葉から落葉へ。季節はなだらかに、そして緩やかに忍び足で移ろいゆく。
 苔生した長い石段を登って行くと、屋根も装飾もない小さな冠木門が姿を現す。その先にある広大な屋敷には、たった一人しか住んでいない。

 玄関に足を踏み入れた葵は、庭先から聞こえてくる金属音に気付いた。
「そのままお庭の方へ」
 つい、と視界に現れた薄は、それだけを告げて姿を消す。
 薄に従って縁側へと歩み出た葵は、庭を見て唖然とした。
「お、来たね」
 庭先には、ツナギを着込んだ師の姿があった。手も顔も油汚れで黒く染まっている。
「彼氏に逃げられちゃったんだってね」
「そないな感じどす」
 葵は素直に意気消沈してみせた。
「縁がなかったのさ」
 あっさりと放たれた師の言葉に、葵は少しだけ救われた
「ところで、そのバイクはなんどす?」
「カッコイイだろ」
 ライムグリーンのボディに光る、『Kawasaki』の文字。
 種類で言えばオフロードバイク。車種名で言えばKLX250。
「一昨日ね、やっと免許を取得したんだ。二十年もホームレスやってたから、全部失効しちゃっててねー」
「お師匠はん……」
 葵は、とりあえず縁側に腰掛けた。
 視界の端に、お茶を運んでくる薄の姿が映った。太陽は暖かいが、吹く風はもう冷たい。
「んで、眠ってたこいつを引っ張り出してきたってわけ。今朝から分解・点検して、組立てが終わったところさ」
「バイクとは意外どすな。てっきりお師匠はんは雲とか龍とかに乗ってはるんやとばかり」
 葵は、ずずっと音を立てて茶を啜る。
「まさか、俺はそんな恥ずかしいことはしないよ」
「乗れはするんや……」
 葵は、驚きよりも脱力を選択した。
「それにこれは、葵ちゃんが乗るんだよ」
「へ? お師匠はんが乗りなはるんやあらへんの?」
 ちなみに、葵は各種免許を取得済みだ。
「俺が乗るバイクは、ついさっきネットで新しいのを買った」
「ないわー ありえへんわー」
「便利な時代になったものだ」
 葵は師の履物を借りて庭に下り、物珍しげにバイクを観察した。バイクで走るのが嫌いなわけでもないし、あればあったで重宝する。現金な話、もらえると分かれば、大抵のものには興味を抱く。
「ちゃんと走るよ、大丈夫。そのために点検までしたんだから」
「なんや部品が余ってはるみたいどすけど?」
 縁側に敷かれたブルーシートには、幾つかの金属部品が置かれたままだった。それが工具の類でないことは、誰が見ても分かる。
「それか? 何故かどこにも収まらなくてな」
「またベタなことを。もっかいやり直しなはれ」
「葵ちゃんは厳しいなぁ」
「整備不良のバイクなんか走らせたら、怪我や済まへんさかいな」
 整備不良のまま走り続ければ、周囲を巻き込んだ大事故へと発展する恐れがある。
 そして葵は気付く。未熟な力も、制御できぬ力も、それと同じだと。湯川大樹をこのままにしてはいけないのだと。
 師が見せた絶妙な不器用さに、葵は感動にも似た感情を抱いた。
「ウチも、もっぺんやり直しますによってな」
 葵は、にっと白い歯を見せて笑った。

 ― 『塵も積もれば』 了 ―