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拝み屋 葵 【肆】 ― 師道隘路 ―

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 *  *  *

 三人は祠の前までやってきた。
 祠は葵の身長よりも低く、三角の切妻屋根。台は石造で、まだまだ新しい。祠の本体には、高さ四十センチほどの観音開きの扉が付いていた。
 大樹はまだ答えを見出せずにいた。
「吉村はんは、祠の建立には立ち会わはったんどすか?」
「えぇ、見届けました」
「分かった! 分かったよアオイ!」
 大樹が唐突に声を上げて二人の会話に割って入る。
「戦って負けちゃったんだよ。だから、ここには何も居ないんだ」
 自信に満ちた瞳は、キラキラと無垢な輝きを葵に向け発した。
「ハズレや。神さんいうのは神気を纏ってはるねん。三ヶ月はここにおったわけやから、戦って負けたんやとしても神気が残るんや」
「じゃあどういうことなんだよ」
 自信満々の答えを否定された大樹は、これ見よがしに不貞腐れている。
「中に何があるんか、吉村はんはご存知なんやあらへんか?」
 吉村は何も答えなかったが、そもそも葵は返事を期待していなかった。
 葵はおもむろに手を伸ばして、観音開きの扉を開ける。中には一回り小さな扉があって、鎖と南京錠で厳重に封じられていた。
「ヒロ、ええかいな? 普通は中にご神体があるねんけど、さっき言ったようにここに神さんはおらへん。ちゅうことは、中にあるんはご神体やあらへんゆうことや」
 葵は南京錠に人差し指と中指の二本を向けて、ぼそりと何事かを呟いた。じゃら、と音を立てて鎖が外れ、封じられていた扉が開放される。
「ちょいと複雑な案件やさかいな。分からんのんが当然や」
 扉の中にはまた扉。奥に白木の箱が立てた状態で填め込まれていた。
 指先で弾くようにして箱を開けた葵の視界に映ったのは、ぼろぼろになった日本人形だった。お菊人形の怪談話で有名な、市松人形と呼ばれる人形だ。
 葵は何の躊躇もなくそれを取り出した。どんなに見た目が恐ろしくなろうとも、葵にとってはただそれだけのこと。大樹も言っていたように、この人形には何も宿っていない。ただのぼろぼろになった人形でしかない。
 人形を目の当たりにした吉村の表情が引き攣る。大樹はというと、情けなくも悲鳴を上げて一歩退いていた。更に腰も引けている。
「私が見たのはその人形だったと思います。ただ、そんなにぼろぼろではありませんでしたが……」
「せやろな」
 葵は無感情に相槌を打つにとどめた。
「どういうことだよ」
 大樹は人形の迫力に圧されて涙目だ。
「イチから説明したるによってな。よっく聞くんやで?」
 葵は、にっと白い歯を見せて笑った。
「最初の怪異騒ぎを収めるためにやってきたんは退魔師や。普通の退魔師やったらまだ問題はないねんけどな。かなり質の低い輩やったみたいやな。我流か駆け出しかは分からへんねんけど、世界を形作る法則をまるで理解してへん。分かってて無視してるんやとしたら、それは許されへんことや」
 葵の声に力が篭る。
 大樹は人形に続いて葵の迫力に圧された。ただ、それは嫌なものではなかった。その感情の正体が“畏れ”であることに気付くのはまだまだ先の話だ。
「この人形に宿る魔性と、市営住宅に巣食う怪異とを睨み合わせようとしたんやろうな。呆れて物もよう言われへんわ」
 葵は市松人形を祠の中にそっと納めた。
「なんでだよ? バケモン同士で互いを牽制させて、身動き取れなくさせたんだろ? おれは頭いいと思うけどな」
 大樹は正直な気持ちを口に出した。それは、何かを学び取ろうという姿勢によってもたらされる積極性の顕れだ。
「身動きできひんようになった魔性は、どないしたらえぇねん」
 葵の声と表情は穏やかなものであったが、不快を感じていることは十二分に伝わってくる。
 大樹と吉村も葵の不快を感じ取り、生唾をごくりと飲み込んだ。
「ウチが許せへんのは、救おうという気持ちが微塵もあらへんことや」
 葵は白木の箱をゆっくりと閉じた。その手付きには、慈愛に満ちている。
「人間にとって邪魔やから、人間にとって都合がえぇから、そんなんは絶対に許したらアカンねん」
 祠の扉をすべて閉じたあと、葵は目を閉じて手を合わせた。
 事態が飲み込めていない大樹と吉村の二人は、ただただ立ち尽くすことしかできずにいた。
「話が逸れてもうたな」
 す、と一号棟を振り返った葵は、儚げで物憂げな笑みを浮かべていた。
 大樹はそんな葵に見惚れてしまっている自分に気付いていなかった。
「ウチの好みは別としてやな。睨み合わせて封印する手法はあるんや」
 葵はそう前置きして話し始めた。
 “三すくみ”を利用した手法はある。それぞれが一方に対しては絶対的優位にあり、もう一方に対しては絶対的劣位にある状況では、全員が身動き不能な状態に陥ることになる。
 しかし、今回の場合は一対一であり、睨み合うのは一時的なもの。力が全くの互角であったとしても、いずれ勝者と敗者とが生まれることになる。
 ましてや、片方は元より市営住宅を根城にしていた魔性で、片方は自分の意思とは無関係に人間の手によって連れて来られた魔性だ。どちらに地の利があるかは考えるまでも無い。
 互角の魔性を連れてきたのであれば地の利がある方が勝ち、より強い魔性を連れてきたのであれば、強い魔性が勝つ。一対一で睨み合わせることで身動きを取れないようにする、という考え自体がお粗末なものなのだ。
 だが、葵が“質が低い”と言ったのはそこではない。
 葵は魔性との共存を目指す一派の一員だ。誰しもが魔性を持ち、誰しもが魔性を生む。魔性の根絶は、人間の根絶であり、生物の根絶でもある。
 魔性が人の心を惑わすと考え、その根絶を目指す一派は、あらゆる魔性を問答無用で駆逐してゆく。彼らは存在そのものを許容しない。
 魔性という存在は、消滅させてやることのみが救いである、と信じて行動する者たちもいる。
 何が正しいのかをはっきりと示すものはないが、少なくとも救おうとして行動している者を責めてはならないと葵は考えている。
 だが事実として、死や消滅のみでしか救えないことがある。葵自身、何度もそういう場面に遭遇し、その度に苦渋の決断を下し、その度に己の未熟と無力とを悔やんできた。
 葵は激しい憤りを感じていた。
 祠の人形は被害者なのだ。祠に閉じ込められたことで逃げることができず、徐々に力を失って、挙句に市営住宅の怪異に喰われたのだ。人形に宿っていた魔性を喰らったことで、更なる力を得ている。
 無知や稚拙な術を責めているのではない。
 葵が憤りを感じているのは、救おうともせずその力をただ利用しようとしたことに対してだ。
 妖(あやかし)が生まれるのにはそれだけの理由がある。無闇矢鱈に祓えば空間がバランスを失う。異なる地に縛り付けるのもまた同じなのだ。
「ヒロ」
 話し終えた葵は、最後に大樹へと言葉を投げた。
「あんたが退魔師になりたいと思うんは勝手や。せやけどな、ヒロ。力を持つもんは、その力を正しく使う義務があるねん。分かるな?」
 真っ直ぐに自分へと向けられた葵の眼差しに、大樹は首肯をすることができなかった。