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拝み屋 葵 【肆】 ― 師道隘路 ―

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 *  *  *

「見えてきました。あそこです」
「せやろな」
 後部座席に座っていた葵は、運転席と助手席の間から顔を突き出した。
 駅前で吉村と合流し、車に乗って現場へと移動している最中だ。
「やっぱり分かりますか?」
「お、おれだって分かってるよ」
 助手席に陣取る大樹が慌てて口を挟み、吉村は苦笑いを返した。
 視線の先には六棟の市営住宅が並んでいる。どれも五階建てだが、一棟だけは三分の一ほどが解体されていて、瓦礫が散乱していた。
 吉村が運転する軽自動車のエンジンの回転数が跳ね上がり、悲鳴のような唸りを上げる。吉村は慌てた様子を見せることなく、ブレーキを踏んで停車させた。
「訪れる度にこうなるんですよ」
 肝が座っているのか、慣れて恐怖が麻痺してしまうほどに通い詰めたのか、とにかく吉村は顔色一つ変えずに淡々と告げた。
 葵は、助手席で顔を引き攣らせている大樹に視線を預けたあと、脇に置いてあったバックパックを掴んで車を降りた。
「これまた強烈やね。ウチらを威嚇してはる」
 葵の黒髪を揺らす風は生温く、市街地からそう離れているわけでもないのに、辺り一帯に陰鬱で近寄りがたい空気が立ち込めていた。
 改めて市営住宅を眺めると、生活の気配がわずかに見て取れる。
「一番手前、解体途中の棟が一号棟です。順番に二号棟、三号棟と続きます。今は八世帯が暮らしていて、五号棟と六号棟に一世帯ずつ、他の棟には二世帯。ご覧の通り、一号棟には誰も住んでいません」
 吉村は車を降りずに、窓を開けて説明した。
 葵は一号棟に視線を集中させる。
「怪異騒ぎが起きたんで、解体作業を中断してはるんやな?」
「そうです。この車のように、持ち込んだ工作機械はどれもが動作不良を起こしました。作業員にも、原因不明の発熱、嘔吐、頭痛、眩暈、下痢……」
「もうええよ」
 葵は吉村の説明を中断させる。
「とにかくすべてが原因不明なので、安全面から解体中止が決定したんです。というより、作業員が嫌がったんです」
「せやろな」
 葵は、運転席側の窓から、助手席の大樹を覗き込んだ。
「様子を見て来るによってな。ヒロはここで待っときや」
「おれも行きたい」
「アカン」
 葵は大樹の抗議を即断した。その目は笑っていない。
「だって、やっつけに行くんだろ?」
「なしてこないな事態になってしもたんか、先にその原因をはっきりさせとかなアカン。誰が悪さしてはるのか、きっちり調べるんや」
「なんでそんなめんどくさいこと」
「ウチの言うことを守れへんのやったら、修行の話はご破算や」
「う……分かったよ」
 大樹は渋々承諾する。
 口を出すことは許されているが、葵がダメだと言ったことには従う約束になっている。
「ほんなら吉村はん、ヒロと一緒に待っといてください」
「一号棟に近づくときは充分に気を付けてください。崩れやすくなっていますから」
「おおきに」
 葵は、にっと白い歯を見せて笑った。

 *  *  *

「結論から言って、モノホンの怪異の仕業どすわ」
 ぐるっと一回りして戻ってきた葵は、開口一番にそう告げた。
「やっつけるのか!? おれにやらせてくれよ!」
「ここの状況を把握できたんやったらな」
 素早い反応を見せた大樹に、葵は困り顔を返す。
「やはりそうでしたか」
 当事者である吉村の反応は、握りこぶしを振り上げて喜ぶ大樹とは対照的に、淡々とした静かなものだった。
「吉村はんかて、取り壊しに反対する住人の仕業やなんて思ってへんやろ」
「勿論です」
 吉村はキッパリと言い切った。それから、しばし思い詰めた顔で沈黙したあと、重々しく口を開いた。
「実は、二度目なんです」
「せやろな」 葵は話を続けるように促す。
「この市営住宅は、四十年も前に建てられたものです。建築ラッシュの時代に出回っていた粗悪なコンクリートで建てられているんです。もういつ壊れてもおかしくない。住人が建て替えを願い出て、市はそれを受け入れました。ところが、新しく建つ住宅は家賃が上がってしまうんです。年金暮らしの方はとてもじゃありませんがやっていけません」
「それで反対運動が起きたんやな」
「怪異騒ぎは、その反対運動と同じ頃に始まったんです」
 二人が会話する間、大樹は懇願するような視線を葵に投げ続けていた。
 自分が状況を把握する前に、葵がこのまま解決してしまうのではないかと心配しているのだ。
「歩きながら話そか」
 葵は大樹にも車を降りるように告げた。
「一号棟には、比較的若い人たちが住んでいました」
 三人は一号棟に向かって歩き、入口前で足を止めた。
 積まれたまま放置された瓦礫は、独特の空気感を漂わせている。半端に壊された壁と床は、人類が滅亡した世界を描いた映画やゲームで登場するそれであった。
 大樹は口をぽかんと開けて荒廃した建造物を見上げていた。
「一号棟だけは速やかに退去が行われたので、すぐに解体作業が開始されました。解体工事は昼夜問わずに行われ、わざと、ゆっくり、大きな音が出るように作業をしていました」
「何でそんなことするの?」
 子供の純粋さ故に、大樹はグレーゾーンに光を向けてしまう。
「嫌がらせだよ。毎日朝から晩まで騒音がしていたら、生活していけない」
 吉村は逃げることなく大樹の疑問に答えた。
「抵抗していた住人のほとんどは、その騒音に根を上げて退去してしまいました。現在の八世帯になったところで、第二の怪異が始まったんです」
 吉村は二号棟へ向かって歩き始めた。葵と大樹がそれに追従する。
「第二の怪異が始まったことで、解体作業は中止されました。無期延期ということになっていますが、解決の方法どころか原因が分からないので、事実上の中止です」
「最初のヤツはどうやって止めたの?」
 大樹は、自分が問題を解決するんだ、という気合を見せている。
「最初の怪異のときも、その筋の方を紹介して頂いて、鎮めて頂きました」
「ほんで、あの祠が建立されたっちゅうわけやな」
 葵の視線の先には、まだ新しい木造の祠があった。
「そうです。やっぱり分かるんですね」
「お、おれだって分かってたよ! 言おうと思ってたんだ」
「少なくとも三ヶ月以上前やな。けど、四ヶ月は経ってへん」
「調べたんですか?」
「いんや」
 葵はやんわりと否定した。
「あの祠を建てて以来、ピタリと怪異は止んでいたのですが」
「あの祠、おかしいよ」
 大樹がぽつりと漏らす。
「ヒロ、どこがおかしいんか、言うてみ?」
 葵の視線は、まだ祠に向けられたままだ。
「何にも宿ってない。町で見掛けるお地蔵さんとか、何かの祠とかは、温かい感じがする。でも、あれには何にも感じない。温かくもないし、冷たくもない。何も感じない。何も居ない」
「せやな。祠を建てて怪異を鎮めたんやったら、何らかの神さんが居てはるはずや。なのに、その気配がない。さぁヒロ、どういうことやと思う?」
 再び葵に問い掛けられた大樹は、頭を抱えて黙り込んだ。