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拝み屋 葵 【肆】 ― 師道隘路 ―

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(三) 塵も積もれば


「戦い方を教えてくれよ。ドカンとド派手な必殺技とかさ」
 少年の輝く瞳は、これから体験するであろう未知の世界への期待で溢れていた。
 この少年・湯川大樹(ゆかわ ひろき)は、東京で生まれた。
 三歳の年末、関西の実家へと帰省する途中で事故に遭い、大樹だけが生き残った。
 大樹は実家で育てられることになったのだが、可愛がられていたのは最初のごく僅かな期間だけで、次第に疎まれるようになっていった。
 その理由は二つ。不況により生活の余裕を失ったことと、大樹が関西の言葉を一切使わなかったことだ。
 祖母は息子の東京行きを反対していたため、大樹は息子を奪った憎い女の子供にしか映らなかった。それでも子に罪はないと可愛がっていたのだが、関西の言葉を使おうとしない大樹に、嫌気が差したのだ。
 勿論、理由はこれだけではないが、この二つが大きな要因となったことは間違いない。
 幼い大樹は、母を想い、母を求めていたが、関西の言葉を使う女性は母とは成り得なかった。
 大樹の母は、強い未練を持って現世に留まった。そして、いつでも大樹の傍にいて、いつでも話し掛けていた。大樹はその声を聞いて言葉を覚え、“力”を得た。
 そうして小学生になった大樹は、毎日をつまらないと感じるようになった。

 ――勉強しろ、宿題をやってこい、毎日毎日同じことしか言わない、ただうるさいだけの教師や、ゲームの中でだけ世界を守る同級生、そんな同級生を笑うだけで何もしないクラスの女子、テストで満点を取ることだけが生き甲斐のガリ勉メガネ、いつも偉そうに振る舞うお嬢様委員長、みんなみんなくだらない。そして可哀想。なぜなら何も知らないから。
 校門にいた化け物も、裏校舎にいた黒い影も、全部おれが退治してやったんだ。平和に暮らせるのは、全部おれのおかげなんだ。だからみんなは、おれに感謝しなくちゃいけない。本当は。
 でも、感謝されなくても構わない。だって、正義の味方は正体を知られてはいけないから。
 おれが世界を守るんだ。だからもっと、もっと強くなりたい――

 大樹の思考と目的は、至って単純明快だ。
 そして、その目的を達成するための“手段”は、まさに今、目の前の、見上げた視線のその先に佇んでいる。

「あんた、何と戦う気やねん」

 氏名 三宮 葵
 年齢 二十四歳
 性別 女
 職業 拝み屋・師範代見習い

 彼女は現代に生きる陰陽師。
 祈祷祭祀なんでもござれ。オカルティックな依頼があれば、日本全国津津浦浦どこであろうと訪問するのが彼女の流儀だ。正確には彼女の師匠の流儀であり、彼女はそれに従うだけだ。
 晴れて師範代見習いに昇進した葵は、即日のうちに弟子を預かることになった。勿論、自分の弟子ではなく、弟弟子である。
 拝み屋として生きていくためには、弟子を取り、鍛え上げて、技術と力の維持・発展に励まなければならない。強制ではないが、それを行えば最低限の生活が保証される。フリーランスの拝み屋になることも可能だが、それだけで食っていけるご時世ではないし、業界でもない。

 葵と大樹は、互いに、何を言っているのか、という顔を見せあった。
 大樹が目指しているのは、化け物を退治する正義の味方で、葵に求めているものは、より強い退治する力。一方の葵が教えようとしているのは、心得や心構え、物事の捉え方や見極め方といった、力ではない強さ。
「何って、決まってるだろ」
「せやから、なんやねん」
 両者が持つ前提が違うのだから、互いに話が通じないのは当然のことであった。
 葵は、大樹を人通りの多い駅前に連れて来ていた。勿論、大樹は小学生であるから、今は休日の昼間だ。
 ここで行うのは、基本中の基本である“存在”について学ぶことだ。
 自分の存在などお構いなしに行き交い続ける人の群れの中で、まるで自分は存在していないのではないかという感覚、目の前の群衆にとって自分が取るに足らない存在であるという自覚、それが双方向のものであるという発見、それらを得た上で、自分という存在の認識を確定させる。
 ここに来た理由を自ら見出せるかどうか。学ぶ姿勢と学ぶ心。葵はそれを見極めようとしていた。そして、大樹が求めるものは力の扱い方ではなく、力を強める方法だということを理解した。
「アカンわ」
 葵は、このやり方では効果が見込めないことを察し、方針を変更した。
 まずは、師事することの意味を理解してもらうところからだ。しかし、すでに退魔を行える大樹は、生来の勝気な性格も手伝って、大人しく葵の言葉に耳を傾けはしない。
 ならば、と放り出すこともできるが、そうなれば大樹は独学で力を磨くだろう。そうして、その力で目に映る魔性のすべてを打ち消していく。その先に待っているのは、力と記憶とを奪われたまったく別の人生だ。
 分別を持たぬ者が振るう力は独善に過ぎず、ただの暴力でしかない。そのような者を放置すれば、世界の理が崩壊する恐れがある。尤も、強大な力を持たぬ小物は、放置しておけば勝手に自滅する。
「ダメでしたかぁ?」
 葵の背後から、師の式神・薄(すすき)がひょっこりと現れた。
「ど、どこから!?」
「この子には、実践してみせるんが一番みたいや」
 薄は葵を驚かそうとしたのだが、目を丸くしているのは大樹だけだ。
「それなら、今朝方に届いた案件が」
 薄は、ぱん、と拍手を打つ。
「ほんまかいな」
「ほんとですぅ〜」
 白け顔の葵と、身体をくねらせる薄。
「バケモンやっつけに行くのか!?」
 大樹は目を爛々と輝かせた。
「ウチのやり方をよう見とき」
 葵は否定も肯定もしない。
「ヤダよ、おれにやらせろよ。だって、おれの力を見ておかないと、教えようがないだろ? 先生」
「アオイや。あんたに教えると決めたわけやないし、まだ先生やない」
「じゃあ、おれはヒロキ」
 大樹は得意気に胸を張る。
「ええか? まずはウチのやり方を見て、それがヒロに合うかどうかを、ヒロ自身が判断すんねん。弟子入りを決めるんはそれからや」
「おれはアオイに教えて欲しい」
「それはウチしか知らへんからやんか。自分に合った師に教えてもろたほうがええよ」
「誰か紹介してくれるの?」
「するわけあらへん」
 葵は真顔で答える。
「ケチ!」
「ケチやない。縁や」
「ブス!」
 葵の脳天締めが、ノーモーションで繰り出される。
 薄はその様子を微笑ましく見守っていた。
「肌が合わへんねやったら、教わったかて役には立たへんねん。とにかく、今回は大人しゅう見とき」
「離せっ」
「返事は?」
「イタタタ! はいっ! 分かりました!」
「話がまとまったところで、さっそく参りましょう」
 薄は二人を駅の改札へと誘う。
「現地では、吉村さんという男の方が案内してくださるそうですぅ」
「いつもながら、なんの説明もあらへんのな」
 葵が渡されたのは、切符二枚のみ。二人分の、片道だ。
「お気をつけてぇ〜」
 二人は薄に見送られ、吉村が待つ現地へと向かうのだった。