Wish ~ Afterwards ~
と、この前二人で恥ずかしい思いをした、あのベンチに腰掛ける。他の所では、人通りが多かったり、まともに公園に面していたりしてゆっくり食事どころではないのだ。
「ま、テーブルもあるし、バカやらなけりゃ人目にも付かねーから、いんじゃね?」
「そやな」
そして、各々のギターを脇に置き、お食事タイム。
今日はすぐに食べるから、お飲み物もそのままテイクアウトだ。
「ピクルスは?」
「今日は、入ってるのはチョイスしてません!!」
偉そうに差し出す航。
魚のフライがメインのとチキンがメインのと……。確かに“ピクルス”は入っていない。
「自慢する事かよ」
ケケケッ! と慎太郎が笑う。
「俺にとっては、めっちゃ大事!!」
と、一口パクついて、
「シンタロかて、ホワイトアスパラ苦手やん!!」
と、思い出したように言い返す。
「その名前を出すなよっ!」
「一緒やん!」
ケケケッ! と笑い返す航に、
「それは、こういうものには挟まれてねーの!」
と言い返し、サッサと一個目を完食。
「でさ」
話題は“Graduation”へと移行する。
「なんとかなりそうな訳?」
昨日、帰りにそのまま木綿花にCDを借りてダビングしつつ聴いたのだが……。いつもはメインボーカルを務める“ケイスケ”がコーラス、いつもコーラスの“ジュンペイ”がメインで歌っていた。“ジュンペイ”が卒業するからなのだろうが、問題は、その声だった。コーラスを務めている間は気が付かなかったが、声変わりした? と聞きたくなるようなハイトーンの通る声なのだ。
「んー……。ま、それなりにはな。それよか……」
航が二個目のバーガーを開けつつ、
「コード、覚えた?」
慎太郎に問い掛ける。昨日の内に、基本のコードと押さえ方を書いて渡しておいたのだ。
「今日から実物があるさかい、頑張って下さい♪」
そう言って、嬉しそうに微笑む。
「楽しそうじゃん」
二人そろってポテトに手を伸ばしながら、
「コードに四苦八苦するシンタロの姿を想像するだけで、顔がニヤケてくんねん」
「どーせ、不器用だよっ!!」
笑い合う。
「なあなあ、それ、貸して」
二個目のバーガーをペロリと平らげ、手の汚れを拭きつつ慎太郎のギターを指差す航。
「自分の使えよ。第一、これは、俺のだろうよ!」
「俺の、アンプ通さんと意味無いもん」
ご尤もな言い分である。
「そやから、貸して。ざっとチューニングするから」
“チューニング”と言われると渡さざるを得ない。慎太郎では出来ないから……。
アップルパイを食べ始めた慎太郎の前で、一音一音確かめながら航が音を整えていく。整った音を確認するかの様に、コードを押さえてはペグを巻いたり緩めたり……。
「うん。こんなんかな」
ようやく納得がいった所で、お姉さんに弾いていた曲を弾き始めた。
「結局、そこに辿り着くんだな」
コーラを飲みながら慎太郎が微笑む。
「……あ、ホンマや……。なんでやろうな?」
そして、二人でクスクス。
……と、
「……あの……」
女の子が三人、二人の近くに立っていた。思わず、無言で各々を指差す二人。その動作に女の子達が頷く。
「……あの、今日は、歌わないんですか?」
「え?」
突然の問いかけに、二人で顔を見合わせる。
「この前、“AMI”の曲、歌ってましたよね?」
「うん」「はい」
ぎこちなく返事を返す。
「今日はやらないんですか?」
「え?」「いや……」
「もう一回聴きたくて、毎日、ここに来てたんです」
「それは……」「どうも……」
「それとも、今日は、もう終わっちゃったんですか?」
「終わるも何も……」「そういう事は……」
どうやら、“そういう事”をやっているのだと勘違いされているようだ。
「終わっちゃったんだったら」
「一曲だけでいいですから」
「歌ってくれませんか?」
懇願する三人の少女。歌なんか歌ったら、この前の二の舞だ。また、恥ずかしい思いをする羽目になる。
「お願いします!!」
三人そろって頭を下げる。
顔を見合わせる航と慎太郎。
そして……。
「一曲でええ?」
航がギターを構えながら問い掛けた。
「航!?」
「ええやん。俺等を探してくれてたんやもん。そのお礼」
航の言葉に“……あれから四日間……か”と慎太郎。
「一曲だけなら……いっか」
その言葉に、
「きゃー!」
三人が手を取り合って飛び跳ね、航が慎太郎のギターで演奏を始めた。
♪ 隣にいた筈の ただの同級生……
開き直ってはみたものの、声が少し震える。
(……ちゃんと歌えてるだろうか……?)
♪ 届かない想い
さし伸ばした手の向こう
サビに入って、航の声が被さって……。
(あれ? 俺、今、安心してる?)
自分の声と航の声とが重なって響き、慎太郎は震えと動悸が治まっていくのを感じた。
♪ 言えない一言 胸の奥に
……ずっと……
歌い終わると同時に三人の拍手が聞こえ、それを追うように周りから拍手が響いた。
「ありがとうございました!」
嬉しそうにペコリと頭を下げて、三人はその場を去った。が、二人は会釈を返しただけで、顔を上げなかった。……そう、恥ずかしかったのだ。後から聞こえてきた拍手は紛れも無く自分達の“音”で集まってきたから。
「俺等、また、人引き待ち?」
「……やな……」
小声で聞いてくる慎太郎に、小声で返し、
「……慣れへんなー……」
と航が呟く。
「何?」
「なんでもない」
軽く首を振り、ギターをケースにしまうと慎太郎へと返す。
残ったポテトをつまみながら、人が引くのを待ち、二人はようやく家路に着くのだった。
作品名:Wish ~ Afterwards ~ 作家名:竹本 緒