Wish ~ Afterwards ~
卒 業
月曜日の放課後。少し開いている廊下側の窓から、ギターの音色が漏れてくる。
そう。無事に音楽室を借りる事が出来たのである。卒業までの二週間、昼休みと放課後。渋る教諭に、
「当日は勿論“ご招待”! です!!」
航のこの一言。これは効果抜群だった。あれだけ「個人的に使用するのは……」とか「教室の管理が……」とか渋ってたくせに、
「校長先生には、私から届けておくから♪」
ときたもんだ。
「チョロイ♪ チョロイ♪」
Vサインの航の背中に黒い羽が見えるのは、気の所為だろうか?
そして、早速、今日から活動開始である。慎太郎が掃除当番の為、航が一足先に音楽室に到着。久し振りの学校所有のギター。流石にチューニングなしでは使えない。慎太郎が来るまでにサッサとチューニングを済ませ、軽く“Graduation”を弾いてみる。
原曲のままだと、やっぱり慎太郎には高い。
「キー下げて……」
今度は慎太郎の高さで演奏。
……そして、もう一度原曲キーに戻して……。
「♪振り返れば いつも……」
小さな声で航が歌いだす。
♪ 振り返れば いつも
教室(そこ)に ボクらの笑い声
慎太郎のコーラスをしている時とは違う、澄んだ高い声が教室に響く。
♪ 咲き誇るピンクの花を見上げ
ボクらは ひとつ 大人になる
「悪ィ! 遅くなった!!」
航がワンコーラス歌い終えたところで、慎太郎が勢いよく飛び込んで来た。ドアの音に航が驚いて飛び跳ねる。
驚き過ぎだよ! と笑う慎太郎。
「……聴いた……?」
「何が?」
笑顔で返す慎太郎に、ブンブンと首を振って、
「チューニングしてたから」
何事もなかったかの様に笑顔を返す。
「五時までだと……三時間あるな」
音楽室の時計をチラリと見て言いながら、慎太郎が航の隣に置いてあるギターを手にした。
自分のは、一昨日、航に連れられて購入済だ。航に幾つかコードを教えてもらい、とりあえず何とか弾けるようにはなった、と思う。
「練習、してきた?」
「母さんに笑われながらな……」
泣き笑いだぜ。と言いながら、“Graduation”の歌詞の上に書いてあるコードをたどたどしく弾いてみせる。
ギターコード付の歌詞のコピーは木綿花が持ってきてくれたものだ。雑誌の付録にあったものを二人分コピーしてきてくれた。それを航が慎太郎のキーに合わせたものに書き換えてくれたのだ。と言っても、本来のコードを赤ペンで×して、その横に赤で書き足しただけだが……。
「まだ、ちょっと引っ掛かるなー」
聴き終えて、航が苦笑い。
「歌、先に練習して、それからギターにする?」
小首を傾げて、慎太郎を見る。
「ホンマは“歌いながら弾いて”ってしたかってんけど……」
「まだ、同時には無理だよ」
勘弁してくれよ! と慎太郎が手を振る。
「歌、一時間。ギター、二時間。な」
「はい、おっしゃる通りに……」
こと“音楽”に関しては、航に頭が上がらない。
「とりあえず、一回、歌ってみよ」
言ったかと思うと、航はもう弾き始めている。今までは大して気にも止めなかったが、慎太郎自身、自分も演奏する側になって初めて気付いた。コードを押さえる航の指が、しなやかである事に……。
「シンタロ……?」
イントロが終わっても歌い出さない慎太郎に、航が首を傾げた。
「どうかした?」
キョトンとしながらも、演奏は続けたままだ。
「見とれてんの……」
ボソッと慎太郎が呟く。
「何に?」
「お前の指の動きに」
何ゆーてんの!? と笑う航。
「当たり前みたいに動いてんなー、って……。 俺のはさ、“はい、C、はい、D”って感じじゃん?」
音は出さずに、ギターの上で手だけを動かして見せる。
「慣れればこうなるって」
「なるかな?」
「なるよ! ……はい、練習、練習!」
♪ 振り返れば いつも
航の弾く演奏に合わせて慎太郎が歌う。原曲とは似ても似つかない低い声が響く。ギターの演奏は随分とたどたどしかったくせに、歌となると、歌い慣れてもいないのにまるで自分の持ち歌のように歌う慎太郎。ハモリながら、航が笑みを浮かべる。
♪ ボクらは ひとつ 大人になる
「航、ストップ!」
ワンコーラス終えた所で、慎太郎が航の演奏にストップをかけた。
「何?」
初めての事に航が不安そうに慎太郎を見る。
「うーん……」
「何って?」
「……んー……」
「シンタロッ!!」
地団駄を踏む航に、
「これ、お前が歌え」
慎太郎が指差しながらアッサリと言った。
「お、俺!?」
途端に航が慌て出す。
「そっ。お前!」
「何で!?」
拒絶するかのように反抗する航に、
「一昨日、CD聴いた時から思ってたんだけどさ……」
トントンと歌詞のコピーを指先でさしながら、慎太郎が言う。
「これ、俺の声だと、イメージ合わなくね?」
「そんな事……!」
首を振る航に、「聞けよ」と慎太郎が身を乗り出す。
「一昨日からずっと引っ掛かってたんだけど、さっき確信した。これは、お前が歌った方がいい!」
「“さっき”……って?」
目を丸くする航を指差し、
「お前、歌ってたろ?」
ニッ! と慎太郎が笑った。途端に、航の顔が耳まで真っ赤になる。
「やっぱり、聴いてたんや……」
「すっげぇ通る声!」
「悪かったな、うるさい声で!」
「何拗ねてんの、お前?」
「どーせ、キンキン響くうるさい声やし!」
は? と慎太郎が眉を上げ、
「馬っ鹿! 何聞いてんだよ!」
膨れる航の額を小突く。
「“よく通る綺麗な声”って言ったろ?」
「いや、“綺麗な”はゆーてへん!」
「細けーな!」
慎太郎がケラケラと笑いながら、
「何がヤなんだよ!?」
膨れている航の顔を見る。
「……ヤヤもん……。この声……」
「なんで?」
「高いし……響くし……。うるさいだけやん」
“シンタロみたく、低い声になりたかったわ……”としみじみ溜息。
「よく通る“いい声”じゃん」
微笑む慎太郎に首を振る航。
「“ジュンペイ”より綺麗な声だと思うけどな」
「お世辞言うても、本気にはせぇへんから!」
「“お世辞”じゃねーよ。……ったく、頑固だな、お前は……。でも、歌えよ“Graduation”」
「ヤヤってゆーてるやん!」
「う・た・え!!」
「い・や・や!!」
「あっそ」
一言発して、慎太郎が横に置いたギターを掴む。
「じゃ、俺、ギターやんねー!」
片手で、ギターを航に突き出す慎太郎に、
「なんで!?」
航が目を見開く。
「お前と一緒。“やだ”から」
その言葉に、航がシュンとなる。
「お前さ、俺になんて言ったか覚えてっか?」
下を向いたまま、航が首を振った。
……いや、正確には“書いた”んだけどさ。と、ギターを元の位置に置いて、慎太郎が頭を掻く。
「俺の声“好き”って……」
航が顔を上げた。
「思い出した?」
慎太郎が微笑む。
「それと一緒だよ。お前の通る声、俺、好きだけどな」
航の顔が再び赤くなる。
「俺の声、お前の声と“合う”んじゃなかったっけ?」
航が小さく頷く。
「って事は、お前の声、俺と“合う”んだよな?」
慎太郎を見る航の瞳が動揺する。
作品名:Wish ~ Afterwards ~ 作家名:竹本 緒