Wish ~ Afterwards ~
「ずっと付きっ切りで“家庭教師”してくれてたじゃない?」
感謝してるのよ。と付け加えて、
「ほら、サッサと着替えていらっしゃい!」
そう言って、慎太郎のお尻を叩く。慎太郎はというと、チッと舌打ち、
「悪ぃな!」
と片手を挙げるとバタバタと中へと入っていった。
ものの一分程で、制服を脱いだ慎太郎が玄関に居るみんなと合流。そのまま、四人で歩き出す。
「……で、いつにするんだ?」
母と並んで前を歩く木綿花に慎太郎が声を掛けた。
「……そうだなぁ」
んー……、と考えていた木綿花が、
「あ! ねえねえ、こういうのはダメかな?」
と振り返る。勢いでフワリと浮く髪とキラリと光る胸元。
「あーっ!」
途端に航が声をあげる。
「どした?」
航の指差す先を見た慎太郎も、
「あーっ!」
以下同文。
「なぁに?」
首を傾げる木綿花。
「木綿花ちゃん、それ……」
航の指先が震えている。
「これ?」
イヤリングを人差し指で揺らしつつ、木綿花が答える。
「こっちはパパとママから。でね、ペンダントが香澄さんから。似合う?」
木綿花の言葉に、
「おばさんっ!!」
「母さんっ!!」
航と慎太郎が同時に叫んだ。
「な、何よ?」
訝しげに驚く慎太郎母に、二人が詰め寄る。
「なんで、ひとこと言ってくんないんだよ!?」
怒る慎太郎の横で、
「台無しやん……!!」
航が、ガックリと肩を落とす。
「何の事?」
「買う予定だったんだよ、俺等」
二人に言われ、
「二人で割カンして、“合格祝い”にって思ってたのにぃ……」
あら? と驚く慎太郎母が、
「母さん、バカ!」
「おばさんのアホ!」
……凹んだ。
「えーっ! ホントに!?」
横で聞いていた木綿花が頬をピンクにして笑う。
「言い出しっぺは、こ・い・つ!」
慎太郎が親指で隣の航を指す。
「ほら、思った通り。木綿花ちゃん、めっちゃに似お合てる」
だから、あげたかってん。と拗ねる航の前で木綿花が恥ずかしそうに、でも、嬉しそうに笑っている。こういう台詞をサラッと言ってしまえるのは、航が“子供”だからだろうか?
「プレゼント、“歌”だけになってまうな……」
それでもええ? と、航が木綿花を覗き込む。
「そー言や、さっき“こういうのは”って言ってたじゃん?」
航の肩をポンポンと叩いて、慎太郎が木綿花に問い掛けた。
そうそう! と木綿花が思い出す。
「“歌”二曲でもいい?」
二曲? と二人が顔を見合わせる。
「でもって、卒業式の日でもいいかな?」
「……って、式の当日!?」
航の声がひっくり返る。
「お前、みんなの前で歌えなんて言うなよ! それだったら、絶対ぇ、やらねーぞ!!」
睨んでくる慎太郎に怯むことなく木綿花が笑い飛ばす。
「言わないわよぉ! 第一、あんた、“人前”苦手じゃん!」
「当日に、どうすんの? ……体育館でやれとは言わへんやんな?」
不安気に訊ねる航に、
「音楽室が借りれないかなって思ってるんだけど」
木綿花が笑顔で答える。
「あそこだったら、閉め切っちゃえば音は漏れないでしょ?」
「なるほどね」
「丁度ええやん」
二人が頷く。
「何が“丁度いい”の?」
「練習に借りようって話してたとこなんだよ」
「ついでに当日の事も頼んどくから、木綿花ちゃんはそれまでは出入り禁止な」
「えー! “禁止”なのぉ!?」
「当日まで楽しみにしてて! その方が新鮮やん?」
黒目がちな瞳を木綿花に向けて、航が笑う。
「そぉだけどぉ……」
「で、二曲って?」
「“RUSH”の“Graduation”!」
“RUSH”と言うのは木綿花が夢中になっているアイドルグループである。普段はアップテンポのダンスナンバー専門なのだが、メンバーの最年少が今春高校を卒業するというので、今回、初のダンスなしの曲にチャレンジしたのだ。“Graduation”。アイドルだ、ダンスで誤魔化してるだけだ、とバカにしてきた世間は、その安定した歌唱力に驚かされ、現在もヒットチャート爆進中である。
「CDが必要なら貸すから!」
ダメ? と、二人の顔を覗きこむ木綿花。“プレゼント”がひとつなくなってしまった二人に“NO”とは言えない。
「じゃ、帰りに寄るから貸して」
微笑む航に、
「そのまま俺んちでダビングして返すよ」
なっ! と慎太郎。
「手放すのイヤだろ?」
木綿花の熱狂ぶりを知っているだけに、これが最善の方法! と航に顔を向ける。
「ほな、そーゆー事……で……」
ふと、落ち込んでいる慎太郎母が目に入る。
「何項垂れてんの、母さん?」
首を傾げる慎太郎の脇を“ちゃうって!!”と、航が突付く。
「……だって、シンちゃんと航くんが……」
「あー、やっぱり……」
極々小声で呟き、航が、
「お、おばさんも、ご招待する、な?」
隣の木綿花に同意を求める。
「香澄さんも一緒に聴こうよ」
ね? と木綿花が微笑む。
「繊細ぶる歳でもねーだろーよ!」
毒づく慎太郎に、
「シンタロっ!!」
「慎太郎っ!!」
二人が声を張り上げた。
――― 昼過ぎのバス停。四人はバスで街へと向かうのだった。
そして、翌日。
約束通り、ギターを買いに“楽器屋”である。
「うん。これか……これ」
初心者向けと銘打ってあるギターの前で航が腕組み。
航の指示であっちとこっちを何度も弾いてみる。慎太郎的にはちょっぴりうんざり気味である。
「う〜ん……」
並んでおいてある二本を前に置いて航が唸る。
「俺のギターの音が……」
確かめ様にも、本日はいつものギターは持ってきていない。何故なら、今日は航自身、自分のも購入する為、荷物になってしまういつものは置いてきたのだ。
「んー……。こっち!!」
やっと決めた航が、外見が少し黒い方を指差す。
「こちらでよろしいですか?」
「はいっ!」
誰のギターだ!?
「代金は、先ほどの物とご一緒でよろしいですか?」
「さっきのは、俺で。これは、こいつで」
(“楽器屋”だと態度がでかくねーか?)
思っても口には出せない慎太郎であった。
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「ちゃんと予算内やったやろ?」
肩に買ったばかりのエレキギター入りケースを下げて、航が微笑む。
「まぁな……」
こちらも肩にギターケース。が、中身はアコースティックギターだ。そして、空いている手には、ガサガサとまたもやファストフードの袋。
「俺、荷物多いもん!」
と、航が言うので、慎太郎が持っている。
「なんで多いんだよ? ギター一本は同じだろ?」
「こっちはアンプとヘッドフォン付やからねー」
「ヘッドフォン!?」
ギターとヘッドフォンの取組みが分からず、慎太郎が首を傾げる。
「アンプ通すから、音が響くねん。そやから、ヘッドフォン」
近所迷惑やん? と航が慎太郎を見上げた。
「あぁ、約束したからな、祖父さん達と」
「そーゆー事!」
そして、公園に入る。
辺りをキョロキョロしながら歩くが、いい場所が見つからない。
「結局、ここやん」
作品名:Wish ~ Afterwards ~ 作家名:竹本 緒