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Wish  ~ Afterwards ~

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「初めて食うた時に、あまりの不味さにホンマに戻したもん」
 あー、思い出してしもた……。
 ……姉ちゃんが悲鳴上げて、母ちゃんが大慌てでティッシュ出して、父ちゃんがバカ受けしてて……。
「……航……?」
 ふと航の瞳が“淋しそう”になった事に気付いて顔を覗き込む。
「あ、な、何でもないから!」
 航が、慌てて笑顔になる。その様子を見てフッと笑うと、慎太郎が航の額をチョンと突付いた。
「何やねん!?」
「何でもねーよ!」
 そして、ピクルスと一緒に最後の一口を口に入れる。
「ほい、ぶんびほっけー!」
 もごもごしながら言う慎太郎に、
「飲み込んでから喋れ!!」
 航が笑った。
 そんなん、歌えへんし! と、コピーしてきた歌詞カードを渡す。
「一回、シンタロだけで通そ♪」
「俺だけ!?」
 思わず辺りを見回す。流石に屋外は……。
「結構死角になるみたいやで、ここ」
 確かに、木立に遮られて遊歩道からも遊戯スペースからも見えない。距離も少しあるから、声さえ張り上げなければ聴こえないかな、と思う。
「で、何で俺だけ?」
「ちょっと確認したいねん」
「ふーん……」
 よくは分からないが、鳴り出した演奏にとりあえず歌ってみる。

  ♪ 隣にいた筈の……

 流石に恥ずかしくて、ちょっぴり小声だ。
(さっき、航は“確認したい”って言ってたけど……。一体、何を?)

  ♪ 言えない一言 胸の奥に
    ……ずっと……

 歌い終わった慎太郎が航を見ると、手にした赤いボールペンで頭を掻きながら唸っている。
「……やれやれ……」
 慎太郎が溜息をつくと同時に、航がテーブルの上の歌詞カードに丸を付けた。
「ここ……と、ここ」
「何よ?」
「音、外れてる。ここはもうちょっと高い。こっちは、前の音と同(おんな)じでいい」
「細けーよ!」
「ちゃんとせんと、ハモった時に不協になる。どうせなら、ちゃんと聴かせたいやん?」
「誰に?」
 問われて一瞬、赤くなる航。そして、コホンと咳払い。
「はい、もっかい歌う!」
「誤魔化してんじゃねーよ!」
「うっさいねー! えーから、歌う! ……ワンコーラスでええから!」
 赤くなったままの航が奏で始めたイントロに笑いながら、慎太郎が二回目を歌いだす。
 ………………
「はい、オッケー! じゃ、次、フルな」
「まだ歌うのかよっ!?」
 呆れる慎太郎に、
「だって、家やとやり辛いやん」
 航が笑った。航の家だと祖父母がいる。気恥ずかしくて、あんまり声は出せない。かと言って、慎太郎の家でやると肝心の“木綿花”に聴かれてしまう。これでは“プレゼント”の意味が無い。
「音楽室借りてもええんやけど……」
 航が慎太郎を見て、眉をひそめる。
「先生に言うの、面倒やん?」
「……だな」
 先生から木綿花に話しが行かないとも限らない……。
「練習場所も考えんとアカンなぁ」
 溜息をつきつつ、弾き始める。
  
  ♪ 隣にいた筈の……
  
 さっきより少し真剣に声を出してみると、木立に自分の声が響いて、ちょっと気持ちいい。
  
  ♪ たった一言 なのに 告げた瞬間 
    二人の距離が 離れる気がして
   そっと胸に しまい込む
  
 木立に響く声に航の声が加算され、心地良さが倍増する。赤丸を付けられた所を注意して慎太郎が音を取る。……確かに、響きが良い。歌いながら思わず感心する慎太郎。
  
  ♪ 言えない一言 胸の奥に
    ……ずっと……

「……こんな?」
 歌い終わり、航を見る。
「うん。後は、歌い込みやな……」
 と、航が慎太郎から視線を反らし、辺りを見回した。
「どした?」
 問い掛けに真っ赤になって俯く航。不信に思った慎太郎が、航と歌詞カードしか見ていなかった視線を、世間へと向ける。
「……ゲッ!……」
 慎太郎も赤面。
 ベンチにいる二人。それを囲む様に木立。……そして、その木立の向こうに人だかりが出来ていた。いつから聴かれていたのだろう……。
「飯島さん」
 俯いたままギターを片付けつつ、
「堀越くん、今、めっちゃ恥(はず)いです」
 航が小声で言う。
「堀越さん」
 微かに頷き、
「飯島くんも同感です」
 昼食のゴミを片付けつつ、慎太郎が小声で返した。木立越しに取り囲まれたこの状態では、ここから動けない。
「どうするよ?」
 ゴミをまとめた袋をキュッと縛って囁く慎太郎に、
「居(お)らんようになるの待つしかないんちゃう?」
 後半、本気モード入ってたもんなー……。と航が苦笑う。
「やっぱ、音楽室借りようぜ。先生に理由(わけ)話してさ」
「そやな」
 ――― 身の回りを片付け始めた二人を見て、集まっていた人達が散り始める。完全に人がいなくなるまで待って、急ぎ足で公園を出た。
「あー、恥かしかった」
 今来た道を振り返り、慎太郎が利き手でパタパタと顔をあおぐ。
「あんなに人がお居るとは思わんかったわ。最初、“人”、少なかったやんな?」
「通りすがりとかじゃねーの? 二・三十人いたぞ」
 思い出すだけでも恥かしいわっ、と首を振る慎太郎の横で航が頷き、
「……でも、慣れんとなー……」
 小さな声で囁く。
「ん?」
 航の小さな言葉に「聞こえねーよ」と覗き込む慎太郎に、
「あ……あの、ほら」
 慌てて話題を探す航。
「金曜日に合格、分かるやん?」
「落ちてるかもよ」
「合格してんのっ!!」
「はいはい」
 と、生返事の慎太郎。
(……さっきは“受かろうが落ちようが”って言ってたくせに……)
「そしたら、土曜日に買いに来(こ)よな。“プレゼント”」
 ちなみに、例のジュエリーショップもこの近くである。
「今日覗いたら、“進級・進学祝いに!”って、なんと三割引!!」
「覗いたんだ!?」
 と笑いつつも、
「ま、買い易くはなったな」
 小遣い結構残るじゃん! と慎太郎。
「お前、なんか買うの?」
 問われて、航が自分を指差す。
「うん。誰かさんへのプレゼント以外に」
 からかい半分で聞いてみる。が、
「ぐふふ……」
 照れるどころか、“よくぞ聞いてくれました”とばかりに笑いが漏れる航。
「4500円浮くやん? それやったら、もう1ランク上のが買えんねん!!」
 言いつつ、慎太郎の肩をバシバシ叩く。
 痛ぇよ! と手を避けつつ、
「何が?」
 聞いてみると、
「ギター!!」
 決まってるやん! と、航が満面の笑顔で返した。
「持ってんじゃん」
 呆れる慎太郎に、“分かってへんなー。”と航が溜息をつく。
「一本一本、音はちゃうんやで。てか、欲しいのはアコギやないんやけどな」
 その言葉に、慎太郎がピンとくる。年末に買ったインディーズのCD。こいつ、エライ熱弁揮(ふる)ってたっけ……。
「エレキ?」
 問われて航が大きく頷く。
「近所に迷惑かけへんにゃったらええって、祖父ちゃんがOKくれてん!」
(甘すぎるぜ、祖父さん、祖母さん……)
「シンタロは?」
「俺? 俺は、別に……」
 この返事に、航の瞳がキラッと光った。
「ギター、買わへん?」
「はい?」
「あった方がええから、買わへん?」
「……あった方がいいって……?」
「弾き方、俺が教えるから、買わへん?」
作品名:Wish  ~ Afterwards ~ 作家名:竹本 緒