Wish ~ Afterwards ~
帰り道、バス停までの短い距離を二人で歩く。アーケードにはあらゆる店舗が並んでいる。クリスマス前のアーケード。デコレーションは、“赤”と“白”と“緑”、時々“金”。
「クリスマス一色だな……」
こっちはそれどこじゃねーって!! とばかりに、慎太郎がデコレーションを睨み付ける。
「シンタロん家は何かするん?」
ウインドウのスプレーのデコレーションを見ながら、航が問い掛ける。
「多分、ケーキ食うくらいじゃねーかな……。第一、今年は、それどころじゃねーじゃん!」
店頭のクリスマスツリーの飾りを弾きながら、
「お前ん家は?」
と、慎太郎が航に問い返す。
「祖父ちゃん等に、“クリスマス”行事は期待してへん」
二人してガックリと肩を落とす。流石にサンタクロースは信じてはいないが、お祭り騒ぎは捨てがたい。“受験”を控えている今年だからこそ、バーッ!! と発散したいのだ。
「合格が決まるまでは、お預けかな……」
遠くに見えるバス停を見ながら、慎太郎が呟く。……と、航がいない。あれ? と思って振り返る。
いたっ!! と見つけて、駆け戻る慎太郎。
「航! 何して……」
航が止まっていたのは、ジュエリーショップのウインドウの前だった。シンプルなディスプレイ、眩しいライティングの中、きらびやかなアクセサリーが飾られている。
「これ、可愛いと思わへん?」
その中のひとつを指差す航を見て、
「……お、お前……!? そっち系!?」
と、思わず引いてしまう慎太郎に航がハッと気付く。
「俺ちゃう!! ちゃうからっ!!」
慌てて否定する。
「マジで引いたぞ、今」
「ちゃうやん!」
勘弁してーな、と笑いながら、
「これ、木綿花ちゃんに似合うと思わへん?」
航が再び指差すその先には、金のハートの中に銀のハート、それぞれの中に赤とピンクのラインストーンが揺れているペンダントとイヤリングのセットがディスプレイされていた。
「……航……」
慎太郎の脳裏に今までの航の言動が過ぎった。
「お前、やっぱり……」
航の顔がみるみる真っ赤になる。
「……言わんといてな……誰にも……」
恥かしそうに頭を掻く航を見ながら頷く。
「でも、ちょっとキツイぞ……」
ペンダントが3万円、イヤリングが3万5千円。
「シンタロ……。折半!!」
「なんで、“俺”!?」
「だって、俺一人で、こんな高いもん渡せへんし。買えへんし。いきなり、プレゼントって、受け取って貰えへんやろうし……、でも、二人からやったら、もしかしたら……」
いつもはハッキリと物を言う航が、しどろもどろになる。
「ったく、しようがねーな」
兄の気分で、慎太郎が笑った。
「今すぐは無理だぞ」
「……半分……出してくれんの?」
「なんで驚いてんの、お前?」
「だって、シンタロ、木綿花ちゃんと仲良いから……そやから……」
口篭もる航に、慎太郎が感付く。
「そんなんじゃねーよ、俺等」
「そーなん?」
「でも! 今は無理!」
だって、金、ねーもん! と財布を振る慎太郎。
「別にクリスマスじゃなくても良くねー?」
「“クリスマス”やないと、プレゼントの名目あらへんくない?」
「“合格祝い”の方が、何気じゃん?」
いきなり“クリ・プレ”より、“合格祝い”……。
「シンタロ、頭いいっ!! ……ホンマに、こーゆー事だけはっ!」
「協力しねーぞっ」
「あー! 堪忍っ! 冗談やから!!」
「とりあえず、“お年玉”と“合格祝い”足せば、たりるっしょ」
と、目算した上で、
「ただし、ペンダントだけな。両方は無理。高価過ぎるし……」
言い足す慎太郎に、
「そやな、自分の分の祝い金までなくなるもんな……」
自分にもお祝いせんと! と、航が頷いた。そして、
「その前に、“合格”しないとな……」
慎太郎が溜息をつく。
「あ! バス、来た!!」
再び凹み始めた慎太郎の腕を引っ張って、航がバス停へと駆け出した。
「シンちゃん! 早く早く!!」
翌日、二十四日の玄関先で慎太郎母がドアの奥へと声を掛ける。今日は、母から勉強禁止を言いわたされた。昼から自分に付き合えというのだ。普通なら文句を言うものなのだろうが、いかんせん、この“母”ときたら常日頃から「勉強しなさい!」的な言葉は一切言わない。よって、文句の言いようがない。
「どこ行くんだよ!?」
“俺としては、図書館にでも行きたいんだけど”の言葉は胸にしまう慎太郎。言ったが最後。クリスマスの小遣いがなくなりそうだ。
「な・い・しょ♪」
(ウインクしても可愛くねぇって!)
履き慣れたスニーカーを引っ掛けて、つま先をトントンしながら玄関を出る。土曜だというのに、イヴだというのに……。
「誰かとどっかに出掛ける約束とかはねーのかよ!?」
図書館へ行けないイライラを母にぶつけてみる。
「あるわよ!」
「じゃ、行って下さい」
「シンちゃんと、お出掛け♪」
「俺かよ!?」
「“息子とお出掛け”なんて、デートよりときめくじゃない?」
少女の様に母が笑う。その横で慎太郎が、
「チェッ……」
と舌打ちする。
(そんな顔されたら、嫌とは言えねーじゃん)
靴を履き終えた慎太郎の腕に、母が手を回してくる。
「ほら、いい感じじゃない?」
何だか恥かしくて、組まれた腕もそのままに慎太郎がソッポを向いた。と、
“カチャ”
隣のドアが開いて、
「ほら、ママ! 急いで!!」
木綿花が出て来た。
「なんだ、慎太郎も今から?」
そして、
「ママ! そんなに急がなくてもいいよ!」
と、家の中の母に声を掛ける。
「おい、“も”ってなんだよ、“も”って!?」
突っかかる慎太郎をチラリと見て、木綿花がその横にいる慎太郎母に目をやる。
「香澄さん、言ってないの?」
「着くまで内緒にしようと思ってたのよ。」
と、眉をしかめて笑う慎太郎母。
「でも、ここで会っちゃったらダメね」
「で? 木綿花んちも一緒って、何?」
「“堀越”さんの所に行くんですってよ」
木綿花の母がドアの影から姿を現した。
「親子そろって!?」
驚いて振り返る慎太郎をよそに、双方の母ときたら、
「ねえねえ、香澄ちゃん、おかしくない? あら、それ、可愛い!」
「でしょ!? 誕生日にもらったの!」
「誰から?」
「シンちゃんに決まってるじゃない♪」
……これである。
「母さん!!」
事態の掴めない慎太郎が声を上げるが、
「はいはい。行きましょうねー♪」
と、微笑み。そして、又、おしゃべりを始める。
「“仲良き事は……”だよ。慎太郎くん」
「伯父さん!?」
木綿花父である。
「伯父さんも行くんだ……。……って、何しに?」
「クリスマスパーティらしいよ……」
本当に何にも聞いてないんだね。と伯父である木綿花父が笑う。
「あー、なるほど。じゃ……」
と、母を見て、
「言い出しっぺは、母さんだな。絶対!!」
呆れる様に言う慎太郎の隣で木綿花父が苦笑った。
「うちの奴が、それに乗っかった訳だ」
肩を竦める男二人を振り返り、
「いいんじゃない?」
木綿花が微笑む。
「姉妹、仲が良くて」
作品名:Wish ~ Afterwards ~ 作家名:竹本 緒