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Wish  ~ Afterwards ~

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「そこ!? 健康管理じゃねーんだ?」
 慎太郎が最後の一口を入れてクスクスと笑う。
「とりあえず、音楽室?」
 まずは、ギターを置きにいかないと卒業式どころではない。
「んー……。開いてへんやろうから、先に職員室。結局、観客は三人?」
 “先生とシンタロのお母さんと木綿花ちゃん”航が指折り、確認する。
「だな」
「三人やったら、恥ずかし無いかな……」
 航が呟く。
「……大丈夫じゃね? みんな知ってる人間ばっかだし……。公園とは人種が違うもん」
「そやな」
 と、小さく溜息をつく。
「今から緊張してんのか?」
 眉をひそめて笑う慎太郎に、
「ギターはええねん」
 航が沈痛な面持ちで、
「“歌”がなー……」
 再び溜息をついた。
「ここんとこ……」
 と、喉仏の辺りを指差す。
「ここんとこら辺に膜が張ったみたいになるんやもん。……思ったように声が出んようになる」
 そう言いながら、“あー”っと声を出してみる航。
「俺もなるよ」
 ずれ落ちてきたギターケースを元の位置に上げて、慎太郎が笑った。
「でも、ちゃんと声出てるやん」
 航が驚く。
「それがさ……」
 公園でリクエスト受けた時に、初めて気付いた事だ。
「お前がいると平気なんだわ」
 俺!? と自分を指差す航に、慎太郎が頷く。
「お前の声が聴こえてくると、安心すんだよ。なんでだろうな?」
 と首を傾げて笑う。そんな慎太郎を見て、航が微笑む。
(エヘヘ。……ちょびっと、嬉しい……)
「だから、俺がいるから、大丈夫じゃね? ……って、自信過剰?」
「自信過剰!」
 笑う航の頭を慎太郎が小突く。
 ――― まだ登校者のいない門を二人でくぐった。


「ごめんなさいね」
 職員室に行った二人に、音楽教諭が両手を合わせた。
 早めに登校して、音楽室で練習を! と思っていた二人なのだが、体育館がまだ式の準備中という事で、吹奏楽部が音楽室でリハーサルをしているというのだ。
「ギターは、私が後で音楽室に持って行っておくから!」
 申し訳無さそうに微笑む音楽教諭にギターを預け、二人は職員室を出た。
「あーぁ、やる事なくなっちゃったじゃん。どうするよ?」
 廊下を歩きながら慎太郎が呟いた。
「しゃーないやん」
 気落ちしているのは航も同じだ。
 校舎内では、どこでやっても声が響く。防音設備の整っている場所と言ったら“音楽室”と“放送室”。音楽室は教諭が言った通り、吹奏楽部のリハーサルで使えない。放送室はというと、体育館のステージの上方に小さなのが一つ。後は、職員室の隣にある。体育館は、今、卒業式の準備で出入り禁止だ。かと言って、一階にある職員室の隣では、登校してくる生徒に丸見えである。
「……せめて、歌だけでもやっときたいなー……」
 航が溜息をつきながら、教室のドアに手をかける。
「そんなに不安なんだ」
 クスクス笑う慎太郎にプゥと膨れて、航がドアを開けた。
「シンタロ!」
 思わず振り返る。
 ……誰もいない。
 当たり前だ。登校時間まで、まだ、たっぷり一時間はある。
「ラッキー♪」
 教室は三階。
「まさか、こ教こ室でやろうって言わ……」
 外を確かめながら、ドアを閉める航。
「……言うのね……」
 肩を落とす慎太郎の横で、
「……一番早い奴が来んのが……として……」
 振り向いた顔が、満面の笑顔だ。
「三十分、練習できる!」
(やれやれ……)
「シンタロ?」
 首を傾げる航に、
「やるなら、サッサと始めようぜ」
 ツカツカと席へと歩きながら言う慎太郎。
「三十分しかないんだから」
「うん!」
  ―――――――――――――――
 やがて……。
「おはよう!」
 一人……二人……と登校し始め、予定通り、三十分程で歌を切り上げる事になった。
「……あ……!」
 クラスの殆どが揃った頃、慎太郎が小さく声を上げる。
「どないした?」
 前の席の航が振り返る。
「やべぇよ……」
 と苦笑いの慎太郎。
「何が?」
「“仰げば尊し”と“旅立ちの歌”。俺、覚えてない……」
 ここ数日は“ケイスケ”のパートを覚える事に全力投球だったのだ。
「あはは!」
 乾いた笑いで、航が前に向き直る。ピン! と来る慎太郎。
「お前も覚えてねーんだ……」
 バッ! と振り返り、航が無言でコクコクと頷く。
「“Graduation”でいっぱいいっぱい!! 今更騒いでも、どーにもならへんから、口パクで誤魔化して、せめて“校歌”だけでも……」
 励ます航に、
「それすら、怪しい……」
 唱歌って、苦手なんだよ。と慎太郎が溜息をつく前で、
「愛校精神ないなー」
 ケラケラと航が笑う。
「じゃ、お前は歌えんのかよ!?」
 慎太郎の問いに、航曰く。
「……俺、在校、一年半やし……」
 惜しいなー、二年あれば“愛校精神”沸くんやけど……。と笑う。
「全滅じゃん、俺等」
 ――― こうして、最後のHRが始まった。


 卒業式。
 ……で、二人とも涙する事はなかった。別れて辛い思い出がないからだろうか?
「卒業の胸キュンより、高校入学の楽しみの方がでかいもん!」
 とは、航の弁だ。
 確かにそうかもしれない。別れが辛い程の友人は中学校(ここ)にはいない。……というか、そういう友人と同じ高校に行くのだから、別に辛くもなんともない。思い出? それも“込み”で高校へ進学するのだ。
「おぉ!」
 やっと終わった“卒業式”&“HR”に安堵感を覚えながら音楽室への廊下を歩く。
 そこへ突然のバイブ音が鳴り、慎太郎が携帯を取り出した。
「誰から?」
 航が覗き込む。
「母さん。……あ……音楽室来ないってよ……」
「なんで!?」
「式で大泣きしちゃって、来れないって。ほら!」
 航にも見えるように慎太郎が携帯をずらす。
『こんな顔で、先生や航くんの前に行けない』
 あまりのデコメに思わず吹き出す航。
「おばさん、可愛いなぁ。女子顔負けやん!」
 クスクスと航が笑う。
「って事は、先生と木綿花の二人だけだ」
 慎太郎の言葉に、
「ちょっと肩の荷下りたわ」
 航がワザとらしく胸を撫で下ろす。その脇を、吹奏楽部の生徒が通り過ぎて行く。
「上から来た?」
「楽器を片付けてたんじゃねーの?」
「あー! そうか。……でも……」
 すれ違っていく吹奏楽部員の後姿を見ながら、航が首を傾げた。
「どうした?」
「なんか……。やたらと見られてる気ぃすんねんけど……?」
「こんな時間に上に行くからじゃん?」
「なぁ、シンタロ……。まさか、とは思うんやけど……」
 航が階上を見上げて言う。
「音楽室に仰山人がいてる……ってゆーのは……」
 その言葉に、慎太郎がハッとする。
(……そういえば、やけに引き際が良かったよな、木綿花の奴)
「あいつなら、やりかねねー!!」
 言ったと同時に走り出す慎太郎を
「もし、そーやったら、逃げれへんやん!! 俺、絶対、ムリやから!!」
 半ベソの航が追い駆ける。
 四階への階段を一段飛ばしで駆け上がると、廊下を全力疾走。そして、音楽室のドアを勢いよく開け……る訳がない。そんな事したら、逃げ道がなくなってしまう! そーっと、覗き込めるだけの隙間を開け、慎太郎が中の様子を窺う。
「あれ?」
作品名:Wish  ~ Afterwards ~ 作家名:竹本 緒