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僕は美夜子ちゃんが嫌いです。

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いい?あんたのお母さんの美夜子が今いくつだか知ってる?知らない?知っときなさいよ、そのくらい。まあいいや、とりあえず今二十六歳。で今から大体九年くらい前かな?そ、高校生の時にね。あの子すっごい長い間家出してたの。ストップ、言いたいことは色々あるだろうけど話の腰を折らないで最後までまず聞きなさい。いい?その時ね、中学校のとき仁や浦葉達と学区の問題で学校が違ったから、あたしも美夜子もガラの悪い学校で生活しててヤンキーやってたんだけど、高校に入ってちゃんと足洗ってたの。で、なんにもない平穏な高校生活だったわけよ。普通に学校行って浦葉達と遊んで帰ったり一応ボロボロでもテスト勉強したりしてたの。もう、家出するほどの嫌なことなんて何にも無かったわけよ。でも、ある日突然美夜子は家出したの。書置きで『どうしても守りたいものがあるからここにいれなくなった。やばくは無いけど事情があるから探さないでほしい。』って言い残して。本当にあの子馬鹿だったのよ。だって普通家出するときって色々ともの持っていくもんでしょ?あいつが持ってたのは服何枚かと自分のスカスカの通帳だけよ?家からは何一つ持ち出さずに、携帯だけ書置きの隣に置いてってある日突然。本当になんの兆候も無くいきなり家出したの。もちろん探したけど見付からなくって、もう高校二年だったし自分の意思で家を出てったんだから警察にも言うのはどうかって話になってね。なかなか見付からなかったのよ。で、みんな三ヶ月ぐらいたった頃にはもう、自分の意思だったんだから自分で何とかするだろうって言って帰ってくるのを待つことにしたの。でも、その時に浦葉だけが全然諦めなかった。みんなが帰ってくるのを待とうって言っても浦葉はまったく聞く耳持たずって感じね。まあ、浦葉と美夜子はその頃にはもう付き合ってたから、恋人を探すって意味であんなに必死になってるんだと思ってたんだけど、十ヶ月くらいたってから見付かるかもしれませんって浦葉が言ったの。でもなんか他にも言いたいことがあるらしくてずーっと黙って父さんに何か言おうとしてたのよ。で、すっごいちっちゃい声で「もしかしたら、美夜子さんがいなくなったのは僕のせいかもしれません。」って言ったの。もちろんどういうことか聞こうとしたんだけど、本人に確認してきますって言ってはぐらかされちゃって。で、もう次に浦葉が来たときに驚いた驚いた。浦葉なんていったと思う?「美夜子さんのお腹に僕の子どもいました。」よ?もう驚くでしょう?でもまあ、その時両親もあたしが小百合を生んでたから、あの馬鹿娘はそんなことで家出したのかって言って笑ったけどね。もちろん、妊婦相手だからきつく言えなかったってもあったけど。で、後で申し訳なさそうに帰ってきた美夜子に家出した理由を根堀葉掘り聞いたら「誰かにこいつをおろせって言われたくなかったんだ。」って言うのよ。なんか父さんと浦葉はしっくり来なかったみたいだけどね。私と母さんはなんかちょっと気持ちわかっちゃって、しばらく小百合の面倒見ながらずっと美夜子についててあげるぐらいには共感しちゃったわけよ。

で、まあその家出娘が帰ってきて無事に生んだのがあんただったってわけ。



「解った?あんたが美夜子にどうでもいいって思われてるわけ無いっていうあたしと仁の根拠。」
「・・・龍太郎?」
とりあえず、僕はなんて言ったらいいのか解らなかった。ただぼうーっとして、こういうのなんてなんて言うんだろう?あっけにとられる?美夜子ちゃんが、僕を生むためにほぼ一年間も家出してたって?それを浦葉さんが必死に探してたって?話がとっぴ過ぎて感情が追いついてきてない。
『姉貴!!姉貴!!』
美夜子ちゃんのすっごい慌てた声が玄関から聞こえてきた。
「とりあえず、出てくるわよ。ちゃんと謝るんだからね。」
百合さんがパタパタと玄関へ走っていった。百合さんの足音が玄関で止まった後ガラス戸がものすごい音を立てて開いた音がした。
「姉貴!!どうしよう!龍太郎がいないくなった!いつもなら四時にはランドセル置きに帰ってくるのに、六時になっても帰ってこねぇ!!」
「ちょっと、美夜子落ち着きなさいよ。」
「どこ行ってもいないんだよ!学校も友達んちも公園も探したけどどこにもいないんだ!!」
「龍太郎なら、うちに居るから落ち着きなさいって。」
 ガタンガタンって廊下を転がるみたいな音がして食堂の扉が凄い音を立てて開いた。

「龍太郎!」

「みよこちゃん・・・。」

 気がついたら、美夜子ちゃんに苦しいくらいぎゅっと抱きしめられてた。
「この馬鹿!!姉貴んち行くなら一回ランドセル置いてから行けよ!すげぇ心配したんだからな!!」
 僕のことぎゅうぎゅうと抱きしめる美夜子ちゃんは、もう秋も終わるのに薄手の服にエプロン一枚だけで、元々ひどかったけど汚れては無かった髪の毛もぐちゃぐちゃで、息が荒くて顔なんか涙と汗で凄いことになってて。


『うるさい、とっと起きろ。小百合が迎えに来んぞ。』

朝僕がちゃんと小百合ちゃんが来るのに間に合うように起こしてくれてたのに。


『だから、さっさと起きろっつたのに!今日は絶対九時には寝ろよ!』

僕が嫌いなものは入れないで、それでもちゃんと栄養のあるおかずを作ってくれてたのに。


『だからうっせぇって。今覚えてんだからもう少し待っとけ。』

ルールも何にも解んないけど、一生懸命三時間も付き合って覚えようとしてくれてたのに。

「ごめん、なさい・・・。ご、・・・めっなさいぃ。」

僕のごめんなさいがどのくらい伝わるか解んないけど、僕は美夜子ちゃんよりも短い手を伸ばして一生懸命抱きしめた。

「嫌いなんて嘘、だから、一杯ひどいこ、と、してごめっなさい。」

わぁわぁ泣きながらごめんなさいを繰り返す僕に、美夜子ちゃんはなんで僕が謝ってるのかよくわかってないみたいだったけど僕が泣き疲れて眠るまでずっとぎゅうってしてくれてた。



で、僕が次に眼を覚ましたのは小百合ちゃん家の帰り道の浦葉さんの背中の上だった。
「授業参観?」
「ああ。なんか姉貴の話だと今週の土曜日らしいんだけど・・・。龍太郎からプリント貰ってないし、行ったほうが良いのか悪いのか。」
「来ていいよ。」
「え?龍太郎、いつ起きたの?」
「今。」
僕をおんぶしてる浦葉さんは青いワイシャツで、美夜子ちゃんは浦葉さんのジャケット着て僕のランドセルを片側だけ肩に引っ掛けて歩いてた。
「浦葉さんは来てもいいよ。」
「なんだよ。あたしはだめなのかよ。」
「うん。だめ。」
月の光が浦葉さんと美夜子ちゃんの後ろにふたっつおっきな影を作ってた。
「ちょっと、龍太郎。美夜子ちゃんに意地悪しないでよ。」
「だめったらだめ。」
「・・・別にいいどさ。」
「でも。」
僕は浦葉さんの背中からぴょんと降りて、浦葉さんの右手と美夜子ちゃんの左手をつかんだ。
「お母さんがそのありえない髪の毛を金曜日までに美容室でどうにかしてきてくれたらきてもいいよ。」
「え?龍太郎。今なんて言った。」
「もう言わなぁい。」
一瞬だけ振り返って影法師が三つ並んだのを見て、僕は二人の手を引っ張って歩いた。
「あ、そうだ。龍太郎。明日、星彦にちゃんと謝れよ。」