僕は美夜子ちゃんが嫌いです。
「だから、そこは守備カードだから伏せて出してってば。それからトラップカード表面にしたら意味ないでしょ。」
「・・・おう。」
何度このやり取りを繰り返したら気が済むわけ?日が暮れる・・・というより本当にもう夕方だし。美夜子ちゃんはずっと机の上のカードと睨めっこしてる。
「三十分くらいでこのくらい解るでしょ?なんで三時間かけても解んないわけ?」
馬鹿だ馬鹿だとは思っていたけど、なんでこんな子供の遊びも解んないわけ?本当に信じらんない。
「うるっせぇな。こんなガキの遊びやんの久々なんだよ。」
「僕だって始めてやったときは全然解んなかったけどこんなに時間かかんなかったもん。教えてるだけでまだ一回もゲームしてないじゃん。」
「あたしが子どもの時と勝手が違ぇんだよ。」
そりゃ、花札とは勝手がだいぶ違うだろうけどね。いい加減飽きてきた。でも美夜子ちゃんと一回は遊ばないとひろし達にまた馬鹿にされる。あんなふうに言われるのはもう嫌だ。とりあえず今のこの状況は全部、物覚えの悪い美夜子ちゃんのせいだ!!
「勝手が違うとかやったことないとか、本当にやる気あるの?美夜子ちゃんって本当に馬鹿だよね。」
「だからうっせぇって。今覚えてんだからもう少し待っとけ。」
「待っとけ待っとけって三時間かけて解んないのにあと何時間待てばいいのさ!」
僕の言葉なんか聞こえないみたいに全然悪びれる様子もなく、美夜子ちゃんは時計をちらっと見やって立ち上がった。
「待つのが嫌なら友達とでも遊べばよかったじゃねぇかよ。」
「ちょっと、どこ行くの!」
「台所。」
美夜子ちゃんは僕が叫んでるのなんか気にもしないでカードを順番もなんもなく適当にカードホルダーに突っ込んだ。
「レアカード手前に入れないで!ちょっと力考えて入れてよ。ビニール破れてんじゃん!!」
悲惨な姿になってしまったカードホルダーをひったくって慌てて被害を確認した。あ、ひろしにもらったカードの端が折れてる。そんなに大事にしたわけでもないけど、なんか本格的に腹立ってきた。
「一々細かいこと気にすんなよ。お前、本当に浦葉そっくりだな。」
「ああ、もう最悪!全然細かくないから!だから美夜子ちゃんなんか嫌いなんだよ!!本当に浦葉さんの連れ子だったらよかったのに!!」
「本当に不思議だよな。案外本当に浦葉の連れ子だったりしてな。」
ケタケタと笑う美夜子ちゃんを見てたらなんか、すごい勢いでかぁっと血が一気に背中から昇った。
「本当に美夜子ちゃんって無神経!!これ友達からもらったやつなんだからね!美夜子ちゃんなんか、本当に大っ嫌いだ!!」
怒鳴ってカードホルダーを美夜子ちゃんめがけて投げつけた。
「・・・別に、嫌いでもいいけどよ。」
美夜子ちゃんの背中に当たったカードホルダーが床に落ちた。
本当に頭にくる。
「ああー!!家に帰りたくない!!」
あの後浦葉さんが帰ってきたあとも、夜更かしするなっていいに来た時も、美夜子ちゃんのこと無視したのに、怒ってるのは僕だけで美夜子ちゃんはこれっぽっちも気にしてないみたいにだった。もう本当に頭来たから朝も完全無視してきたけど、全然美夜子ちゃんが堪えてなくってもう朝からイライラする!
「うっさいわねー。そんなに家に帰りたくないなら家出でもすればいいじゃない。」
仲介役の星彦が委員会でいない時に限ってなんでか知らないけどピリピリしてる小百合がぶっきら棒にすごい名案を口走った。
「小百合ちゃん天才!それ名案!!」
さすがの美夜子ちゃんもそのぐらいされたら堪えるでしょ!少しは心配すればいいんだ!
「じゃあ、小百合ちゃん家泊めてよ。」
「は?そんなのいきなり言われても無理に決まってんでしょ。」
「嘘言わないでよ。小百合ちゃん家大きいじゃん。仁さんにも百合さんにもお泊まり会だって言ったら泊めてくれるでしょ?」
仁さんは小百合ちゃんのお父さんで、美夜子ちゃん達と同い年で幼馴染。おっきな会社の社長さんなんだ。僕に優しいし見てておもしろいから好きなんだけど、仁さんも僕のこと気に入ってくれてるみたい。だから美夜子ちゃんに許可とって来たって誤魔化したら泊めてくれると思うんだよね。
「・・・星彦も。」
「え?」
「星彦もくるなら、ママ達説得してあげても、いい・・・。」
小百合ちゃんが真っ赤になって俯いた。
なんだ。うちの家系にも可愛げってあったんだ。
「よかったね、小百合ちゃん。星彦も来るってさ。」
星彦ん家はお父さんもお母さんも働いてるから、星彦のお兄ちゃんと交代で晩御飯つくってるんだ。で、今日は星彦の担当だからご飯作ってから来るって言ってた。もちろん、あの小うるさいお説教なんか聞かされたらたまんないからお泊まり会って名目でね。でも、まさか乱暴な小百合ちゃんがあの星彦のことが好きだったなんて、世の中って本当に不思議なことばっかりだ。
「うるっさいわね。私はただ、しっかり者の星彦がいたほうがお母さんたちを説得しやすいと思っただけよ!」
顔を真っ赤にして叫んでる小百合ちゃんはいつもと大して乱暴さは変わんないのにめちゃめちゃ可愛い。うちの家系にも可愛げがあるって事実はすっごい大発見だ。っていうか、なんで美夜子ちゃんはこの可愛げを拾って来れなかったんだろう。
「いい?ママすっごい感いいから下手なこと言うんじゃないわよ。」
急に真剣な顔をして小百合ちゃんはすごんだけど、僕は大して気にしなかった。
「ちょっと聞いてんの?」
「大丈夫だって、そうやって緊張してたほうが気づかれちゃうんじゃない?」
大体、小百合ちゃんの家の前で確認しても意味ないじゃん。
「馬鹿じゃないの?ここで考えとかないと後々ボロが出るんだからね!大体。」
「小百合?家の前で一体何騒いでんの?」
「ママ・・・。」
「百合さん・・・。」
だから言ったのに・・・。美夜子ちゃんと一緒に腕を鳴らしてたっていう元ヤンキーの百合さんが、ステンレス製の箒を片手に僕たちと同じ目線まで視線をおろして笑った。
「で?なんのボロが出るって?」
一瞬にして計画失敗。
「ふうん。で、ランドセルも置きに行かずに家出してきたわけね。」
「家出っていうか美夜子ちゃんに言わずにお泊まり会を実行するだけだし。」
「そういうのは確かに家出とは言わないけど、ちょっと難しい言葉で無断外泊って言うんだからね。」
結局、百合さんの無言の圧力に負けて洗いざらい喋らされた僕たちは、食堂の机についてなぜか百合さんお手製のババロアを食べている。
「けど、よく龍太郎もカード一枚で家出する気になったわね。」
「・・・別にカードのことはそんなに怒ってない。」
「じゃあなんで家出なんてしてきたの?意地張ってるだけならすぐ帰ったほうがいいわよ?」
なんでって言われてもこれといって思い当たる節も無いけど、どうにも釈然としない僕は持たない間をじくじくとババロアをスプーンでさして潰してたら、百合さんにはたかれた。
「食べ物で遊ぶんじゃないの。たいした理由も無いなら美夜子に電話するからね。」
「・・・ないわけじゃないけど。」
僕が美夜子ちゃんの何に怒ってるのかなんて自分でも見当つかないけど、とりあえず美夜子ちゃんを困らせたくなったのはあの時からだ。
作品名:僕は美夜子ちゃんが嫌いです。 作家名:小龍