ある勇者と邪王と魔王の話
「刺激すれば反応するものですよ邪王様!!」
「うわあああ犯されるー!!」
「勇者様!!」
「坊や!!」
「主!!」
「イヤコレハデスネ!!」
「私の狭くてキツイココがイイんでしょ!?」
「何言ってんだい!!アタシのでかい胸が好きなんだろう!?」
「某の奉仕が一番であろう!?」
「やめてー!!モロな事言うのやめてー!!」
男はいつだって女には勝てないものであるらしい。
しかし内容が何だかもう酷すぎる。
そんなカオス渦巻く城中に。
「……わーお、勇者も邪王も形無しだー」
場に合わぬ呆れと感心を含んだ、若干棒読みな声が響いた。
カオス空間が一瞬途切れ、その場に居た者達が一斉に声のした方へと視線を向ける。
全身黒ずくめの異形がそこに。
眼は二つ、鼻は一つ、口も一つ。人の形をしてはいるが、人とは呼べない異質な何か。
「魔王の腹心、か」
その姿に眉を寄せ、低く呟くのは邪王。
「邪王様、お久しぶりですね。めでたくお負けになった様で。勇者共々始末に参ったのですが、よもやこの様なピンクカオスに陥っているとはお釈迦様でもうんぬんかんぬん」
「そこは最後まで言えよ」
「ていうか魔王軍なのにそんなん言っていいのか」
突っ込む邪王と勇者。
無駄に息が合っていた。
「仲良いですねぇ貴方達。…まあ、それはそうでしょう、何せ…」
にこぉ、と、いやらしい歪んだ笑みを見せ。
「正真正銘、血の繋がったご兄弟なのですから」
沈黙がその場に満ちる。
「フフ…驚いて声も出ませんか。まぁそうでしょう。何せ、その兄弟で殺し合いをしていたのですからね。勇者の血族同士を争わせるとは流石は魔王様…」
「トリップしてるとこ悪いんだけど、それ、もう知ってるから」
「………は?」
陶酔状態の腹心に、あっさりと勇者の言葉。思わず目が点になる腹心。
「三年程前に通過した情報だな、それは」
「………え?」
更に邪王の言葉に、放心した様に声を漏らす。
「それでも殺し合うってんだから馬鹿だよねー」
「俺はここの連中の方が大事だからな。仕方ねぇよ。俺を闇に染められなかったのは誤算だったんだろーが、情でここに縛り付ける事が出来たんだから魔王も喜ぶんじゃね?」
「でもって、どっちが死んでもオッケーだったんだろうけど…」
「わざわざ殺しにくるとはなー。しかもそれバラすって事は、もう俺生きてても用無しってこったろ?」
「こっち側に来るしかないね!!」
「うちの連中受け入れられんならな」
「…弟と手下な擬似家族、どっちが大事なの?」
「家族」
「即答したよこの邪なる王!!」
「じゃあ兄と仲間という名の嫁共、どっちが大事だ?」
「俺が間違っていたよ!!」
「嫁共ですねわかります。…ああ、ところで腹心の人」
「え…ああ、はい?」
「俺と勇者はこんな状態だが、他は皆無傷な訳だ」
「どーやって始末すんの?」
「はっ!!………フフフ、あまりの事に少々動揺してしまった様ですが…腐っても魔王様の腹心、貴様等を殺す事など造作も無い!!」
「ていっ!!」
さくっ
「………おや?」
武士の剣が投射され、腹心の腹を貫いた。
「ふっ!!」
ごっべきっばきっめきぃっぐしゃっ
「…ごふ」
気合と共に接近していた武道家の猛ラッシュに、血の代わりか緑色の体液を口から吐き出す。
「消えなさい」
ドガラガッシャァァァン!!!ゴバァァァァァ!!!ビキビキビキビキィッ!!!
「………」
雷、炎、氷系の魔法がありったけ浴びせられる。
最早声も無い。
「あれ?死んだ?」
「まぁ、無いな」
勇者の言葉に、邪王が即答した。
「えー?あんなに小物臭いのにー」
不満そうに勇者。
「腐っても腹心だぞ、アレ」
アレ呼ばわりな邪王。
そして、魔法によって生み出された力の余波で腹心の居た場所に立ち込めていた煙が晴れると、そこには少々焦げたりところどころ凍っていたりしつつも、五体満足な腹心の姿。
そして。
「………舐めとんのかワレ」
地を這う様に低く、殺意と敵意と憤怒を含んだ声が響いた。
「あ、ガラ悪くなった」
「つーか容赦ねーなお前の仲間」
「私の方がいいですよね邪王様!!」
「お前は状況を考えて発言しろ!!」
「いやうちの娘達もいい娘達だよ!!」
「お前も張り合うなよ!!」
「おどれら………」
マイペースを崩さない一同に、青筋浮かべて腹心が何かを言い掛ける。
が、しかし。
「で、あの人魔王さん好きなんだっけ。そんで勇者嫌いと」
「ああ。勇者の系統…っつーか、勇者の家系嫌いなのも、魔王様誑かして捨てたのが許せないぃーって曲解極まりない理由からだしな」
勇者と邪王の軽い口調で交わされた会話の内容に固まった。
「ぶっちゃけどっちも性別わかんないんだけど」
「俺もわからん。つーか、元々精神体だからな。どーにでもなるんだろう」
「邪王様!!私は雌ですよ!!少なくとも器は!!」
「雌言うな!!」
「中身は雄かもしれないのか…なんという上級プレイ」
「黙れそこの勇者!!」
なんだか色々と、とっても酷い事になってきた。
まあ、今更ではあるが。
ところでその頃の魔王様であるが。
「………………う、うっそだぁ………………」
最早カオス空間と化した某魔の住処の様子を余す事無く映し出しているモニターを眺めながら、震える声で呟いていた。
放心した様な声音と、耳まで真っ赤に染めたその顔が何を示しているのかは。
…腹心が魔王の元へと戻ってきたその時に、きっと解る事だろう。
作品名:ある勇者と邪王と魔王の話 作家名:柳野 雫