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ソラノコトノハ~Hello World~

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『それで、何が分かったのですか?』
(多分、“コトハ、オコノギ”というのは、名前なんかじゃないかって事)
『名前? 珍しい名前ですね、“コトハ、オコノギ”って』
(そうか? まぁ確かに小此木というのは珍しい苗字だけど……)
『そういえば、名前……。あなたの名前は何て言うのですか?』
(へっ?)
『名前……。名前ぐらいありますよね?』
(ああ、あるけど……)

 見ず知らずの人に、ましてや幽霊かも知れない謎の存在に自分の名前を知られてしまうには、少し抵抗があり躊躇してしまった。もしかして、この声の正体は、本当は悪魔で。悪魔といえば相手の名前を知ると、呪われたり、シモベとかにされてしまうと、どっかのウェブサイトで見たことを思い出す。

 と、勇哉が迷う中、

『どうしたのですか?』
 不思議の声は訊いてくる。

(いや、なんでも……)
『そうだ。そういえば私の名前……というより自己紹介がまだだったね。私の名前は、ルゥラ・ルミネル・ルヘンといいます』
(る? るーら?)
『違います。ル・ゥ・ラです』
(ルーラ?)

 “ルゥラ”の“ゥ”の部分は、舌の先を少し丸めて短く“ゥ”と発音するのが正しいのだが、勇哉は正しく発音を聞き分けられていなく、かつ発音できないのだった。なので、“ルーラ”と“ゥ”を長音にしてしまっている。

 これは勇哉だけではなく、日本人特有であろう。日本語は他の言語と比べ発音、いわゆる母音の種類が少ないためで、上手く発音できないからだ。つまり、聞き慣れていない発音で、言い慣れていない発音だからなのだ。

 もし勇哉が外国で生まれ育っていたのなら、正しくルゥラの名前を呼べただろう。
 しかし、現状でそんな些細なことに気にしていられなかった。この、頭の中で会話している異常現象の前で、そんな発音の事は二の次だった。

「ルーラ……って」

 日本語で話していたから、勇哉は不思議の声の人物は、てっきり日本人だと思っていた。なので、如何にもファンタジーっぽい名前に驚いたというより、呆れた。

(なんだ、その名前? 偽名なら、もっと偽名っぽいものを言えよ)
『偽名? 失礼ですね。 ルゥラ・ルミネル・ルヘンは、ちゃんとした私の名前ですよ』
 不思議の声の口調が少し荒高くなった。この怒り方は、少し本気っぽいなと感じ取られたが。

(はいはい)
『む〜〜……何で信じてくれないのですか? 本当ですよ!』

 真面目な口調からは、冗談や嘘を言っている風には聞こえない。
 という事は、本当にルーラなんとかという名前が本当の名前なのか。本当だとしたら、
(そっちのが、小此木よりも珍しい名前だろう)
 と、思わずツッコミを入れたが、不思議の声は気にする事なく。

『で……』
(で?)
『あなたの名前はなんですか? 私は言いましたよ』
(え〜と……)

 ここで、自分の名前も言うべきなのかと、改めて考える。声の正体が悪魔みたいなモノだという疑念が取れず、そもそも相手の名前が偽名っぽいので、ここは自分も偽名を使うことにした。

(キョ、キョロ助だよ。む、村上キョロ助……)

 “キョロ助”とは、アニメ「カエル侍」の主人公の名前である。「カエル侍」は、擬人化したカエルが江戸時代を舞台にコメディ劇を繰り広げるアニメで、この日本ではほとんどの人が知っている人気作品である。

 名前が、キョロ助ならば十中八九、偽名だと相手も分かるはずだと……。

『ムラカミ、キョロスケ? へ〜面白い名前ですね』
(あれ?)
『どうしたのですか?』
(あ、いや。キョロ助ですよ)

 全国区の知名度で人気のあるキャラの名前なのに知らないのかと思いつつ、確認がてらにもう一度名前を言ってみた。

『キョロスケですよね。大丈夫ですよ。覚えましたよ』
 どうやら不思議の声の主は、キョロ助を知らないみたいだ。
『それよりもキョロスケは、私の名前は覚えているの?』
(ああ。ルーラだっけ?)
『少しブラオリィッシッが違うけど、まぁいいですよ』
(ブラ……リッシッ?)

 訳の分からない言葉に、勇哉は気に留める。

『あら、キョロスケはブラオリィッシッの意味も知らないのですか?』
(キョロ助の事も知らない奴に言われたくないわ)
『知っていますよ。キョロスケはあなたの名前でしょう』

 どうやら話しが噛み合っていないようで、勇哉は言葉を噤んだ。

 不思議な声。
 その声の主は、ルーラなんとかという不思議な名前。
 ブラなんとかという不思議な単語。

 分からないことばかりが積み重なったが、もう考えるのが面倒臭くなり、勇哉は「まぁいいか」と締めくくった。

 とりあえず“小此木琴葉”だ。
 あの電波ちゃんに会えば何かが分かるだろうと、それに期待した。

     ***

 そして、放課後。
 帰りのHR(ホームルーム)が終わると同時に、勇哉は教室を飛び出し、一年の教室を順番にチラ見しつつ、中庭で見かけた女子――電波ちゃんこと小此木琴葉を探し回っていた。

 他のクラスも帰りのHRが終わり出し、廊下は部活に向かう生徒、帰ろうとする生徒でごった返した。

 電波ちゃんのクラスを委員長から聞いとけば良かったと今になって思ったが、一分でも早く電波ちゃんに会って、不思議の声をどうにかしたかった。

 きっと電波ちゃんに会えば、この不思議な声……ルーラから解消されると、勇哉は勝手ながらそう思っていた。

 電波ちゃんが行っていたのは呪いの儀式の一種だったのでは無いだろうかと……その儀式が失敗して、

『どうですか。“オコノギ・コトハ”という人は、見つかりましたか?』

 こうして、自分の頭の中に不思議の声が響くようになったのではと、妄想が膨らんでいた。

(まだ。今、探している)

 呪いから解放されたい一心で、すれ違う生徒や教室に残っている生徒達を探し見る勇哉。傍から見れば、通報されてもおかしくは無かった。

 その時、「お、村上じゃないか。どうした?」と呼びかけられた。
 呼びかけてきたのは、身体に特徴的なものが一切無い中学時代の友人の一人、山根―愛称はヤマ―だった。

「ヤマか。ちょっと人探しを」
「人探し? 誰を?」
「電波ちゃん」
「電波? ああ、あいつか。小此木の事だろう」

 電波ちゃんだけで誰かが分かるなんとは、流石は有名人。

「そうそう。その電波ちゃんのクラスとか知っているか?」
 ヤマの頭の上に疑問府が思い浮かんだような表情を浮かべつつも答えた。

「小此木なら、同じクラスだけど……」

 思いがけない手がかりに、「おっ」と驚きの声をあげ、

「マジで! ヤマ、何組だったけ?」
「七組だけど」
「七組か。オッケー」

 勇哉はすぐさまに七組の教室へ向けて、足早に駆けていこうとした。

「なんだ。小此木に用事でもあるのか?」

 走り去ろうとする勇哉に対して、ヤマは疑問を投げかけたが、勇哉の足は止まることなく、

「ちょいっとな!」

 ヤマに背を向けて返答した。
 ヤマは「なんだ、あいつ?」的な表情をしていたが、勇哉はそれに気が付く事はなく、電波ちゃんがいるであろう東校舎三階の一番隅にある一年七組の教室へと向かった。

   ***