ソラノコトノハ~Hello World~
そして、待ち合わせの場所―ホットドックハウス・アポロ―に着くと、既に本宮が志津香たちと一緒にいて待っていた。
「ちょっとユウ! 小此木さんが居なくなったってどういう事よ!」
開口一番に志津香が怒鳴り口調で攻めてくる。
「事情は本宮に聞いてくれ」
「聞いたけど、よく解かんないんだけど……。いきなり走って逃げ出したとか」
穂乃香も琴葉の事を案ずるかのように、身を乗り出す。
「勇哉くん。ルーラさんの声が聞こえなくなったことが、小此木さんに関係あるの?」
「後で詳しく話すよ。で、本宮。小此木……の姿が無いという事は……」
「う、うん。残念だけど見つけられなかったよ。それで、最終手段として」
「あのアナンスか……」
「まぁ、私だったら。あんな場内アナンスされたら、恥ずかしくて来れないわよ」
志津香の発言に勇哉も同感だった。
琴葉が来てくれる事を待つ間に、ルーラから聞いたことを志津香たちに説明した。
「私たちの所為で、ルーラさんの声が聞き難くなっているというの。ふ〜ん……」
無粋な声色から志津香の機嫌が悪くなっていることが伝わる。
「なに勝手な事を言ってくれて。そもそもユウが居ないと、ルーラさんの声も聞こえなかったというのに」
本宮と穂乃香がなだめるもの、志津香のイライラは臨界点を突破をしそうだった。そのイライラを発散する為の矛先は勇哉に向けられた。
「ねぇ、ユウ。どうして、そんなにあの子の事を構ってあげるのよ。もう、ほっといたら。本人もそれを望んでいるじゃない?」
「まぁ……。まったく関係無いという訳じゃないからな。ルーラの事もあるし。それに……」
目まぐるしく滑走する木製ジェットコースター“ジュピター”から乗客の悲鳴が聞こえる。
「思い出したんだよ。詰まらなさそうな顔で独りぼっちだった女の子を」
その発言に、ある人物だけが反応する。
そして勇哉は、その人物に向って、
「楽しい方が良いだろう?」
「……バカ」
志津香の頬が少し赤くなったが、夕日の日差しに染まっていた為に誰も気がつかなかった。
それから二十分ほど待ったが、琴葉がやって来る気配は無かった。
「と、なると。既に園内には居ないのかな……」
本宮が辺りを見回しつつ、時間を確認をする。
「本当に小此木さん、何処に行ったのかしら……」
「私たちと居たくないのなら、もうここには居ないんじゃないの」
琴葉を案じる穂乃香に、そっけない言葉を返す志津香。
(ルーラ、そっちはどうだ?)
『コトハの、声は聞こえて、くるのですけど……。段々、小さくなって、聞き取り、難くて……』
そういうルーラの声も小さく、聞き取り難かった。
『だけど、“あの場所、なら”という、言葉だけは何とか聴き、取れました』
「あの場所?」
これまでの琴葉やルーラの会話内容を出来る限り思い返す。
声が聞こえるようになった場所……その場所に勇哉は思い当たる所があった。
「もしかしたら、あいつ……。みんな悪い、俺帰るわ」
立ち去ろうとする勇哉に、志津香が呼び止める。
「ちょっと、ユウ! どこに行くのよ?」
「小此木がいる場所!」
そういって出口へと走っていくと、
「ま、待って村上くん。僕も行くよ」
本宮も後を追いかける。
「あ、ヒロ!」
取り残された志津香と穂乃香。
「シヅちゃん……どうする?」
「な、何で私に訊くのよ?」
「ゴールデンウィークスペシャルで夜から花火が打ち上げられるの。それを一緒に見ようと楽しみにしていたんだけど……。でも、勇哉くんと小此木さん……」
「むぅ〜……。たくっ。行くわよ、ホノ。花火なんていつでも見に行ってあげるわよ!」
志津香は穂乃香の手を取り、既に豆粒ぐらいの大きさになるまで遠ざかった勇哉たちの後を追いかけた。
***
ここは羽ヶ崎高校。勇哉たちが通う高校。勇哉たちは寄り道をせずに真っ直ぐ、ここにやってきたのだ。
時刻は午後七時を過ぎ、休日ということもあり学校には人の気配は無かった。
当然、校門は閉ざされており、門を飛び越えて侵入しようとしたが校門前の道路は車通りは活発であるので、目撃されると怪しまれてしまう。その為、勇哉たちは門の前で右往左往していた。
勇哉がふと、第一グランドの端にある裏口……南口には門が設置されていない事を思い出す。そこにへと足早に向い、無事高校への侵入に成功した。
昨今の高校などの公共の場所には、不審人物の不法侵入を警戒するために監視カメラやセンサーなどが設置されていると本宮は注意を促す。
「それじゃ、勝手に入るとダメなんじゃ?」
「といっても、大抵は校舎内に設置されているから、校舎にさえ近づかなければ多分大丈夫だと思うよ。それに見つかっても、ここの生徒だから怒られるだけだよ」
志津香の質問に本宮が答える。
しかし、今はその事よりも、小此木琴葉がいつも昼休みに、謎の儀式を行っていた場所……中庭に辿り着く。
そして、その場所でいつも通りに、星が瞬く空へと向かって手をかざして立っている人物がいた。辺りに明かりが無く、暗闇で顔はよく見えなかったが、勇哉は確信を持ってその人物の名を呼んだ。
「小此木!」
琴葉はビクッと身体を震わせ、勇哉たちの方向に顔を向ける。
(いたぞ、ルーラ。やっぱり学校にいた)
『そう、ですか……』
まだルーラの声は聞こえるが、その声は遊園地に居た頃よりも小さくなっていた。
つまり場所によって交信が弱くなったのではないと証明されたのである。ルーラの声が聞こえ難くなっているのは別の原因だということになる。
『キョロスケ……コトハと、お話しが、したいです……』
(解かってるよ)
一歩ずつゆっくりと琴葉の方へと近づく勇哉。琴葉は、そこから一歩も動かない。
昔の小此木なら逃げ出したのにな、と琴葉とのファーストコンタトクトのことが一瞬脳裏を過ぎった。
「む、村上くん……。ルーラさんに、私の声が届いて、いますか?」
その声は小さく震えていた。そして琴葉の瞳から涙がこぼれる。
あれからずっと泣いていたのだろうか。
「小此木……。ルーラも話したいことがあるみたいだぞ」
勇哉は琴葉の方に背を向けた。まるで背中で語るかのように。琴葉は向けられた背中にそっと右手を置いた。
その様子を志津香たちは勇哉たちから離れて眺めていた。
(良いぞ。ルーラ……)
『聞こえ、ますか、コトハ?』
「聞こえます……。けど……声が、小さ過ぎて、よく聞こえな、い……です」
頭の中で思っている言葉が、無意識に口から出ていた。
『きっと、コトハは私に、色んな事を話し、かけてくれた、よね。でも……声が小さくて上手く聞き取れ、なかったの……ごめんなさい。でも、コトハの、想いは充分、伝わっている、から安心して……』
勇哉は背中に触られている琴葉の手が、ふるふると震えているのを感じとっていた。だから勇哉は、背中を真っ直ぐに立たせることを心掛けた。そうすれば、ルーラの声がよく聞こえるようになると思ったからだ。
作品名:ソラノコトノハ~Hello World~ 作家名:和本明子