ソラノコトノハ~Hello World~
「折角フリーパスで来たんだから、他の所にも廻った方が良いんじゃない。小此木さん、何か乗りたいものとかある?」
「わ、私は、別に……」
「だったら、またジェットコースターに乗るか?」
勇哉が横から冗談のつもりで言ったが、琴葉は必死になって首を横に振る。よっぽどイヤな体験だったのだろう。さき程のジェットコースターは……。
「ね、村上くん。ルーラさんと話しがしたいんだけど……」
そう言うや否や勇哉の背中に触れる。
遊園地のどのアトラクションよりも、ルーラと話すことが琴葉にとって楽しいことみたいだ。
「あ、僕も良いかなと」
本宮は右肩に触れる。
「ああ、解かった。ちょっと待ってろ」
(おーい、ルーラ)
……。
「あれ?」
返答が無い。もう一度、呼びかけてみるが、うんともすんとも無かった。
「返事が返ってこないな……」
その言葉で、琴葉の表情が曇っていく。
「もしかしたらルーラさん、寝ているのかな?」
そんな琴葉に察するように本宮が私的な推論を添える。
しかし、その考えは違うのではと勇哉の頭によぎる。なぜなら勇哉が起きている時は、いつもルーラも起きていたからだ。
そういやさっきの昼の時に、ルーラから一言も呼びかけられなかったなと、今になって気付く。
明らかに意気消沈していく琴葉。しかし、こちらが呼びかけても返答が無いのは、どうしようもない。
「暫く経ってから、話しかけてみるか。ルーラも不意の睡魔に襲われることもあるだろうし」
結局は、ルーラは寝ているという考えに行き着く。
「それまで色んなアトラクションに乗ろうよ。ねぇ小此木さん」
本宮の誘いを、
「本宮くんと、村上くんとで、遊んできて……わ、私はここで待っているから……」
受け流し。そのままベンチに座り込む。
チラッと勇哉の方を見る本宮。勇哉は「ほっとけば」と、アメリカ人並みのボディランゲージで表す。
「それじゃ小此木さん。僕達で行ってくるけど、乗り終わったらまたここに戻ってくるからね」
仕方なく琴葉をその場に残して、次のアトラクションへ向うことにした。
「さっきまでルーラさんの声は聞こえてたの?」
セグウェイ乗り場へと向う中、本宮は今日のルーラに関してを訊ねていた。
「ああ。昼前に一度、ルーラの声は聞こえてきたよ。けど……最近、聞こえてくるルーラの声が小さくなっているんだよ。それが関係があるのかな……」
「えっ! それは本当かい? 村上くん越しでルーラさんの声を聞いていたから、声の大きさは囁くような感じだったけど……」
「最初にルーラの声が聞こえた時は、こうやって本宮と話してるぐらいの大きさんだったんだよ。それが今となっては、聞こえてくるルーラの声が小此木の声と同じぐらいまで小さくなっているんだよ」
「そんなに?」
「そういえば……気になることがあったな」
ふと足を止めて、勇哉はある事を思い出す。
「気になる?」
「昼前にルーラに話しかけられた時に、ルーラが小此木から話しかけてこないって言っていたな」
「話しかけていない? さっきも話しかけていたのに?」
「だから気になるんだろう……」
今までの話しをまとめると、ある懸念が浮かぶ。
「な、本宮。ルーラの声が聞こえなくなるってありえるのかな?」
どうやら本宮も同じことを考えていたのか、落ち着いた口調で答えを返す。
「始まりがあるのなら、いつかは終わりがくるからね……。偶然、小此木さんはルーラさんと交信が出来たに過ぎないし。村上くんとのチェネリングだって、確実性を持ってやっている訳ではないよね」
勇哉は「ああ」と頷き、「それじゃ、なんで声が聞こえなくなっていると思う?」と新たな疑問を投げかける。
「チャネリングを出来る理由が分からないままやっているんだから、出来なくなった理由を特定するのは難しいね」
「もし聞こえなくなったら……あいつは、それを考えているのかな?」
「多分してない……というより、声が聞こえなくなる事体を、まったく想定していないと思う」
「それじゃ、ルーラとのやり取りが出来なくなったら、どうするんだ?」
「それが一番恐いことだよ。小此木さんにとって……。確か、小学生の頃から交信をやっていたんだろう。やっと叶った願いが失われてしまうという絶望は計り知れないね……」
やり取りが出来なくなった状況を想像してみるが、想像できないほどに琴葉が困惑するのだろうと、勇哉は深く息を吐く。
「ルーラさんの声が小さくなっている事とか、小此木さんの声が届いていないという事は、小此木さんには伝えているの?」
「いや、まだ……。やっぱり、言った方がいいのかな」
「何も言わないで聞こえなくなるより、言った方がショックは少なくなるんじゃないかな……多分。でも、それは……」
『キョロスケ……聞こえ、ますか?』
いつも唐突に。今までのやり取りは露知らず、ルーラの声が聞こえてきた。掠れるかのような小さい声で。
勇哉は、それまでの事情を話した。
『そう、ですか……キョロスケも、私の声が小さく聞こえて、いたんですね』
(それじゃ、ルーラも俺や小此木の声が小さく聞こえたのか?)
『はい、この二日前から段々と……。最初は気のせいかなと思っていたんですけど……』
勇哉の身体に触れている本宮は、黙ったままルーラの言葉を集中して聞いている。そうまでしないとルーラの声が聞き取り難くなっていたからだ。
(今、小此木の声は聞こえているのか? さっきからルーラに呼びかけているんだけど)
『今は……聞こえています。遊園地での出来事を話してくれて、います……けど、所々聞こえなかったりするので、その事に、ついて聞きたかったので……こうやって、キョロスケに呼びかけたのですが……』
(そうか……)
『最初は私の所為かな、と思ったけど……違うみたいですね。聞こえなく、なっている理由は……』
「なぁ、本宮。この場所だから、聞き取りにくいって事は……」
「理由の一つとして考えられるけど……。でも、声が聞こえなくなる現象は二日前に起きているから、原因は別だと思うよ」
「そうか……」
声が聞こえ難くなっていることに、勇哉は妙な寂しさが心に積っているような感じがしていた。“打萎れる”そんな言葉がピッタリだった。
「村上くん。ルーラさんに伝えてくれないか」
「何をだ?」
本宮は真剣な表情で口を開く。
「ルーラさん自ら、小此木さんに声が聞こえなくなるということを話して欲しい、って」
それは、本宮が言いかけた言葉の続きだった。
「もしかしたら、今日ルーラさんの声が聞こえなくなるかも知れない。だから声が聞こえる内に、小此木さんに声が届けられる内に、別れをした方が良いと思うんだ」
勇哉は、本宮が言った事をそのままルーラに伝えた。
『解かりまし、た。この奇跡が、永遠に続くとは思っていま、せんでしたし、別れの、覚悟は出来ています……』
早速と琴葉の元へと急ぎ足で向いながら、勇哉はルーラに話しかけていた。
(なぁ、ルーラ。本当に良いのか?)
『何を、です?』
(小此木に別れの挨拶だよ。あいつ…、オマエといつまでも話していたいと思ってるぞ)
作品名:ソラノコトノハ~Hello World~ 作家名:和本明子