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ソラノコトノハ~Hello World~

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 次々と訊いてくる質問は、志津香はあえて無視したが、
「で、この辺りに住んでるのか? それとも旅行で来たの?」
 少年は、へこたれる事なく言葉を続ける。志津香の苛立ちは頂点に達し、少年から逃げる為に角を曲がった途端、突然駆け出した。
「あ!」
 十メートルほど離されたが、少年も駆け出す。
 塀と塀の小さな隙間に入ったり、空き地を横抜けたりと、あっちにこっちにと駆け巡る。
 必死に逃げ回った結果、どうやら追手―少年―から振り切る事に成功した。
 しかし、その代償として、
「ここ……何処なの?」
 道に迷ってしまった。
 引っ越して来たばかりで、志津香は自分の家周辺の地理しか把握していなかった。
 来た道を戻ろうと歩み始めたが、これがいけなかった。建物や家の表札の名は初めて見るものばかり。より迷ってしまった。
 掲示板地図を探してみたが、見当たらない。
 誰かに道を尋ねようとしたが、こんな時に限って誰一人ともすれ違わない。すれ違ったのは、銀色の毛並みをした野良猫だけ。
 今いる住宅地には、コンビニも見当たらない。
 此処が何処なのか分からないまま、再び歩き始める。
――今頃、穂乃香は静瑠さんと一緒にいるのだろうか……。
――それとも、ヒロくんと一緒に遊んでいるのだろうか……。
――なのに私は一人……。
 日が暮れ始め、夕焼け色が辺りを照らす。
 不安と心細さで、何とも言えない感情が込み上げてくる。
 自分が知らない場所。自分を知らない場所。
 泣きたくなった。泣きそうだった。
――なんで私は一人なんだろう……。
「お、いたいた。みーつけた」
 声の方向へ振り返ると、そこにはあの少年が居た。
 志津香は瞳にうっすらと浮かんでいた涙を拭い、
「あ、アンタは!」
「いや〜、何処に行ったか探したぜ」
「なに言ってるのよ! 誰の所為で、こんな風に迷っていると思ってるのよ!」
「いきなり走り出したのはオマエだろう。てっ、迷子になっていたのか?」
「う、うるさいわね!」
 志津香の頬が少し紅潮していた。泣いていたのもあるだろう。
「で?」
「で?」
 思わず聞き返す。
「私の家は何処なのよ! 案内してよね!」
「家って、何処だよ?」
「団地よ!」
「なんだ、ウチと同じか。それじゃ、付いてこいよ」
 少年は、率先して歩き出し、家と家の間に手が付けられていない雑木林へと入っていく。都市開発が進んでいる割には、所々まだ自然が残っている。。
「ちょ、ちょっと!」
 獣道のような草木が生えていない道を通っていくと、二車線の道路に出た。
 その道は、なんとなく見覚えがあった。
「ほら、こっちだよ」
 少年の後を追いかけていき、そしてゴールへと辿り着いた。
「え……もう着いた」
 迷子になっていた場所から団地横の公園まで意外と離れていなかった。
 それが判明すると、志津香はドッと疲れが押し寄せた。
「それじゃ、遊ぼうぜ」
「遊ばないわよ、馬鹿!」
 そう叫んで、志津香は自分の家へと帰った。階段を上る途中、空いた空間からあの少年が五回ぐらい連続でサッカーボールを地面に着けずにリフティングしているのが見えた。
「ふんっ」
 志津香は、後ろ髪を引かれながらも階段を駆け上がった。


 次の日、志津香が公園のベンチに座っていると、あの少年が遊びに誘ってきた。
「なぁ、遊ぼうぜ」
 興味の無い視線で少年を見つつ、
「なんで、遊ばないといけないのよ?」
「良いじゃんか。どうせ一人なんだろう?」
 “一人”という言葉が気に障る。
「私に構わないでよ。家でゲームとかすればいいじゃない!」
「母ちゃんにプレステを隠されて、ゲームができないんだよ」
 なんとも“子供らしい”理由に志津香は呆れた表情を向ける。
「だったら探せば良いでしょう?」
「探したんだけど、見つからないんだから仕方無いだろう。多分、プレステはオヤジの職場に持っていかれているんだろうな」
「な、なんで?」
「二、三度は見つけたんだけど、それで母ちゃんがキレて、本気を出したんだよ」
 思わず笑ってしまう志津香。
「なに、やってるんだか……」
「だから、こうやって仕方なく外で遊んでるしかないんだよ」
「アンタ、友達がいないの?」
「いるよ。ケンちゃんって言うんだけど。ケンちゃんは田舎に帰っているんだよ。そういうオマエは?」
「オマエって言わないで」
「言わないでって……。名前を知らないんだけど」
 そうだったかなと、少し間を置き、
「……志津香よ。只野志津香」
「ただのしづか? ただの? なんで、ただのしづかなんだ?」
「そういう苗字なのよ」
「へ〜、珍しい苗字だな」
「そう? そういえばアンタの名前は?」
「うわっ、ヒデェーな。覚えてくれていないのか? 勇哉だよ。村上勇哉」
「村上、ゆうや……珍しくもない名前ね」
 昨日の出来事で勇哉への警戒感が薄れていたのか、志津香は勇哉とは徐々に話すようになっていた。
「なぁ、只野」
「その只野って言うのは止めて。好きじゃないのよ、その苗字」
「だったら、何て呼べば良いんだよ?」
「志津香では良いわよ。私はあんたの事をユウって言うから」
「ああ、解った。志津香」
 その後、勇哉のおばさんと私の新しい母が、仲良くなっていたのも大きかった。おばさんに私の事を話して、勇哉と仲良くしてとお願いしていたらしく、勇哉は積極的に志津香を遊びに誘ってきたらしい。
 それから勇哉につられて、子供御用達の“ラクガキ帳”という名の文房具屋兼任の駄菓子屋を案内したり、近くの川に遊びにいったり、勇哉の友達を紹介されたりした。
「転校生なんだって?」
 勇哉は、ラクガキ帳で買った三十円のチューチュージュース―ラムネ味ーを飲みながら志津香に訊く。
「そうよ」
 志津香は三十円のチューチュージュース―コーラ味―を飲んでいた。
「……そうよ。新学期になったら、南小だっけ。その小学校に転入するのよ」
「やっぱ、南小なんだ。そういや只野って、何年生なんだ?」
「四年生よ」
「なんだ、オレと同じかよ」
「え?」
 自分より背が小さい勇哉を、てっきり年下だと思っていたのだ。
「なんだよ、その“え”は?」
「べ、べつに……」
 気がつけば志津香と勇哉は、よく話すようになっていた。
 志津香と一緒に遊ぶからと、プレステを返して貰い、団地が一緒という事もあって夜遅く遊んだりもした。
 まぁ、ダシに使われたことは否めないが。
 そんな風にして時は流れ、夏休みが終わり新しい学期が始まった。


 志津香は偶然にも勇哉と同じクラスに編入された。
 誰も知り合いがいないと覚悟をしていた分、知り合い―勇哉―がいるという事に安心感があった。
 そして勇哉が橋渡しとなってくれて、前の学校に比べては女子とも仲良くやれた。
 夏休み前の落ち込みが嘘のように、志津香は元気を取り戻していた。
 穂乃香のことを、すっかり忘れられていたからもある。穂乃香がいなくても、静瑠さんがいなくても、元気でいられた。
 しかし、志津香の人生にとって大きな影響を及ぼす事件が起きた。
 それは十月中旬、四時間目の体育が終わり、さぁ給食の時間だと盛り上がっていた時だった。