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ソラノコトノハ~Hello World~

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 そんな苦い経験が積み重なり、いつしか琴葉は、そんな人達とは関わっていけないと学んだ。
 琴葉は咄嗟に鞄を手にして立ち上がり、教室を飛び出した。駆け足で、まっすぐ。一階の靴箱へと向かって。
 その時。
「ソラノコトノハ!」
 背後から思いも寄らぬ言葉が聞こえ、思わず琴葉は足を止めて、戸惑いながら後ろを振り返った。
 そこには、先ほど琴葉に声をかけてきた男子がいた。
(あの人が言ったの?)
 琴葉は警戒しつつゆっくりと、その男子の元へ近づいていき、訊ねた。
「な、なぜ、その言葉を、あなたが、し、知っているんですか?」
 自分にしか知らないはずの“言葉”を発言した男子が、どこでその言葉を知っているのかが気になった。琴葉自身、その言葉を誰にも言ったことはない。勿論、あの二人にも。
 言葉を知っている当の本人も戸惑っているようだったが、しどろみどろに答えただした。
「なぜって……。それは……不思議な声に教えて貰ったからで……」
「不思議な声?」
「あ、信じるか信じないかは置いといて聞いてくれ。ある日……と言っても、今日の五時間目の授業の時に、突然聞こえたんだよ。不思議な声が……。その声の話しを聞く限り、あんたと関係があるようなんだよ……」
「その声は、何て?」
 琴葉は一歩踏み出し、男子に近づいた。
「何て……えっと、小此木琴葉……。あんたの名前とか、ハローハローとかの呼びかけとか、さっき言った“ソラノ、コトノハ”だっけ? そんな事……」
 男子の語る内容に、感情がざわめき出し、琴葉の頬に一滴の涙が伝った。
 叶わないと思っていた願いが叶ったから。自分の声が届いた人が、今目の前にいるから。
 今まで積み重ねていた想いが報われたことに対しての、涙だった。
 しかし突然、泣き出した琴葉に対して、男子は慌てふためくしかなかった。
「ちょ、何泣いてるんだよ。なんか、オレが泣かしているみたいじゃないか!」
「嬉しくて……」
「嬉しい?」
「ずっと、ずっと、私が呼びかけていた声を、聞こえる人がいてくれたから……」
 琴葉は溢れる涙を人差し指で拭きながらも、自然と笑みを浮かべていた。今まで流した涙とは違う種類の涙。ずっとずっと、自分が待ち望んでいた事が叶ったのだから。
(今、私の目の前にいる人が、私の声が聞こえる人……)
 琴葉は“ソラノコトノハ”で語った事を思い返していた。自分が、どんな言葉を言っていたのか。
 と、その時、ある事に気付いた。
(それじゃ、私はこの人に……私が好きな人の名前とか、色んな事を……)
 顔どころか身体が凄く熱くなっていくのを感じる。どうしよう、どうしようと混乱し始める頭の中。
 嬉しさのドキドキが、恥ずかしさのドキドキに変わってしまい、思わず逃げ出してしまった。

     ***

 琴葉が冷静になったのは、家に帰り着いてから。とはいっても、いまだ身体の火照りは冷めてはいなかった。
 自分の言葉が聞けた人に会えたこと。
 その人が男子だったこと。
 長年の願望が叶ったことによる興奮が身体を沸騰させていたが、包み隠さず語った秘め事ことが、あの男子に伝わっていたという事によるジレンマが、琴葉をより悶えさせていた。
 とりあえず、今日はこれから何も考えないでいようと、早めに布団に潜り込んだ。
 しかし、何も考えないと思えば思うほど、何かを考えてしまう。

 明日……明日、あの人に話してみよう。
 でも、普通に話しかけないで、ソラノコトノハで呼びかけてみよう。
 もしかしたら、嘘かも知れない。偶然なのかも知れない。偶然、私が知らない内に口にしていたのを聞いていたかもしれない。
 もし、あの人が本当に声が聞こえているのなら大丈夫だろう。
 だけど、自分の秘密を全て知っている人に、また会わないといけないと思うと、琴葉の顔の熱が増していった。
 忘れよう。何も考えないように。今日の出来事を自分の記憶から抹消しようと、出来る限り頭を真っ白にして瞼をギュッと閉じた。
 そして、今日出された宿題すらも忘れて、眠りについたのだった。

     ***

 そして、次の日の昼休み。
 琴葉は中庭ではなく、学校の“南口”でソラノコトノハを発することにした。
 その理由は、南口は人通りが無く、人目が着かない場所だから。中庭だと、周りが校舎に取り囲まれ、人目がつき易い。ましてや、琴葉が中庭でお呪いをするのが丸見えになる。
 そこで、人目が着かない南口でソラノコトノハを行い、彼が来るのかを確かめたかった。本当に声が聞こえるのなら、この場所に来てくれると。
 そして琴葉が南口に着くと、いつものように中庭でやっているのと同じように両手を天高くかざし、念じた。

(ハロー、ハロー、聞こえますか? 私は南口にいます。私の声が聞こえているのなら、南口に来てください)

 空は気持ちよく晴れていた。そんな青空に浮かぶ雲を眺めながら、植樹されている木にもたれながら待つことにした。
 琴葉はお昼ご飯を食べていないことに気付いたが、それよりも緊張で空腹感はなかった。
 ボーと空を眺めて十五分後……あの男子がやって来た。
 本当に来てくれた事に驚きつつも。間違いない、偶然なんかじゃない。本当に、私の声が聞こえているんだ、と確信めいたとのと同時に、“あの事”を思い出す。
 そう、琴葉がソラノコトノハで語った秘密の事々を知っていると思うと、自然と体に熱が灯り、それが顔に出始める。
 琴葉はただ黙って男子を見つつ、それは男子も一緒だった。
 そして、先に言葉を発したのは、琴葉だった。
「あ、あの。ここに、来てという事は、やっぱり、私の声が聞こえて、いるんですね?」
「ああ、そうだけど……。あ、いや、正確には……」
 話しの途中だったが、自分の声が聞こえたという事が本当だと確信できたことにより、ホッとしたのもあり、感極まって、また涙が瞳に溢れだす。
「本当、なんですね……」
「だ、だから、なんで泣く!」
「だ、だって……。ずっと、ずっと…小学生の時から、呼びかけて、いたから。それが……叶ったから……」
 琴葉は涙を浮かべつつ昨日の事を。昨日、話せなかったことを話すと、男子は妙に納得した顔を浮かべた。そして、本題へ。
「あのさぁ。たしかに声が聞こえたけど、それは多分、君の声じゃないと思う。オレが聞こえたのは、別の誰かのもので……」
 男子が話してくれる内容は、琴葉が考えていたものとは違っていた。

―――要は、私の声が彼に届いているのではなく、“ルーラ”という人に届いているとの事だった。
 つまり、私の声はまず“ルーラ”という人に届き、その“ルーラ”の声が彼に届き、そして彼が私に伝えてくれているのだった。
 なぜ?
 と、そんなややこしい仕組みになっているのかと疑問に思ったが、それは当の彼も同じで解らないみたいだった。
 ただ、彼は嘘を言っている様子は無かった。
 なぜなら、一番懸念していた私しか知らない事々(私の好物がカツサンド)を、彼は見事に言い当てたから。
 私の声が聞こえているのが、彼では無い。だけど、確かに私の声が聞こえる“ルーラ”という人がいる。それが、何よりも嬉しかった―――