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綿帽子

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「とりあえず、化粧と着付けしてもらって、それから、ビデオの撮影と写真。それが終ってから、うちの店で、パーティーするから、それまで頼むわな。」
 昼の正午から夜の零時まで、十二時間の拘束だ。それは、最初から言われていたから、こちらも頷く。じゃあ、と、社務所へと招き入れられて、ちょっと焦った。そこに置かれていたのは、白無垢だったからだ。
「え? 」
「あれ? 聞いてへんかったん? 仮の神前式をビデオ撮影させてもらうんよ。」
「ああ、そうですか。」
 まあ、高額のバイトだ。何があっても驚かない。もっと、えげつないものだと思っていたから、逆にびっくりした。
 着付けの前に、襟足と足の脛毛は、きれいに剃られた。それから、化粧されて、白無垢を着付けられた。
・・・花月が見たら、絶対に暴れるわ、これ・・・・
 常々、結婚式をやりたいとか、ぬかす花月は、二人揃って白の燕尾服で教会で式をあげたいという夢を語っている。男同士で、それをやる勇気は俺にはない。けど、これだったら、傍目には、俺は女にしか見えないだろうから、花月と式ができるんじゃないか、と、ちよっと思った。いや、思ったが、やりたくはない。あいつ、絶対に腹を抱えて爆笑するだろうからだ。白無垢は、かなりの重量があるので、普通は、本格的には着せないのだという。今回は、俺が男だから、本気で本格的な設えになっているとのことだ。鬘も、相当の重量があるし、その上に 綿帽子をすっぽり被されてしまうと、ちょっと歩くだけで、しんどい代物だった。そら、誰もやりたがらないだろう。
「おお、ええ感じやないか、みっちゃん。べっぴんさんの花嫁御寮やわ。」
 堀内のおっさんの声がしたから、そちらへ顔を向けたら、紋付袴のおっさんが、扇子でばしばし手を叩いて笑っていた。
「なんや、おっさんもビデオに出るんかいな。」
「当たり前やろ。みっちゃんの花婿さんは、わししかおらへん。」
「げっ」
「何が、『げっ』やねん。神前式やって言うたやろ? 相手がおらんと意味あらへんがな。・・・沢野はんも来たがってたんやけどな、都合がつかへんで歯軋りしとったで。あははははははは。」
 ほな、準備も出来たし、やりまひょか? と、おっさんが背後に声をかけると、介添人が俺に近寄ってきて、椅子から立たせた。そして、着物の裾を始末して、俺に、その端を持たせる。
「よろしいですか? ゆっくりでよろしいから、一歩ずつ確実に歩いてください。花婿さん、歩調は花嫁さんに合わせてくださいね。」
・・・花嫁さん?・・あ、このおばちゃん、知らんのかいな・・・・
 喋ったら一発でバレる。だから、俺が口を噤んでいたら、その介添人のおばちゃんは、がはははと豪快に笑った。
・・・え?・・・
「堀内さんも隅には置けへんで。こんな可愛い子を隠しとるやなんてな。」
「わしの掌中の珠じゃ。おまはんらなんかにお披露目しとうはないで。今回は、たまたま、佐久間さんが頭下げてきやはったから、泣く泣く出すんやからな。」
 地声になったおばはんは、男の声だった。顔を上げたら、どこかが不自然な黒留袖の女装したおっさんだった。
「ありゃ、ほんまに可愛い子や。」
「・・え・・・」
「ああ、ああ、心配せんでも出席者も巫女さんも神主連中も、みんな、ご同類さんがやるから気にせんでええからね。」
 いや、俺は、ご同類やないて、おっさん、と、内心でツッコミつつ、前へ誘導された。そのまま社務所の玄関から外へ出ると、神主と巫女さんが並んでいた。確かに、若いが、胸のない
巫女さんたちだ。
 笙、篳篥、横笛の神楽たちが、まず先頭になり、その鳴り物を鳴らしつつ、本殿へと向かう。次に神主が三人。衣装からすると、偉い神主が一番、それから二番手、三番手が続く。次に、胸はないが、そこそこ若くて見栄えの良さそうな巫女さんが二人、そして、俺と堀内のおっさんが、ゆっくりと、それに続いて、さらに、その背後に、巫女がふたり、最後に親族役の人間という行列が出来上がっていた。この親族も、みな、女性ばかりだ。いや、女装したおっさんとお兄さんだった。黒留袖、色留袖、振袖、訪問着、という派手な着物で着飾っている女性みたいな人間だ。それなりに性別がわからないのもいるが、あからさまに見るだけでキツイのも混じっている。さっき挨拶した依頼人たちも、見事な女装をしていた。
「・・・あんた・・・どういう趣味なんや?・・・」
「わしは、趣味やないで。知り合いが、そうやから、たまにクラブへ飲みに行くだけや。」
「花嫁さん、おしゃべりしたらあきませんで。」
 背後から、俺の着物を持ち上げている介添人が、こっそりと注意するので、俺も黙った。

 本格的な神前式なんてものは、俺も見たことがない。せいぜい、結婚式場でやってるのを、テレビで見るぐらいのことだ。拝殿に向かって左右に分かれて、俺と堀内のおっさんが着席すると、親族役も、その背後にある椅子に座った。
 それから神主の祝詞があげられて、神楽の音色で、巫女たちが奉納舞をする。もちろん、それらはカメラマンによって、写真とビデオも撮られている。再び、神主が祝詞をあげると、巫女たちが、俺たちの前にやってきて、ふたりを拝殿に向かって並んで立たせた。四人の巫女が舞うように、杯を、俺に差し出す。一番上の小さいのを取ると、そこに酒が、少し注がれる。
・・・これ三回で飲むんやな?・・・・
 常識として、それは知っていたが、さすがに、それはやりたくなくて、一度で飲み干した。
これは、神前で男女の繋がりを意味する儀式だ。三度同じ杯で、三回に分けて飲み干す。それが、婚姻の契りを意味するのだ。俺は、それを、花月以外とはやりたくないから、作法を無視した。となりの堀内のおっさんは、それを見て微笑んで、同じように一度で飲み干す。これは
、ただのプロモーションビデオだ。俺は、すでに結婚しているから神様に誓う必要はない。だから、一度で飲み干したのだ。
 三度、杯を差し替えて、それは執り行われて、その度に、俺も堀内のおっさんも一度で飲み干した。
それから、神主が、また祝詞をあげて、俺たちの前で、白い紙のついた棒を、ふらふらと振った。
 それが終ると、また左右に分かれて座り、親族の固めの杯というのが行われる。婚姻というものが、血族と血族を結ぶものという古いしきたりに添ったものだと、こういうことになる。親族役が、それを飲み干して、懐に、その杯をしまうと、神主が、「これにて、両家の婚姻は、神前にて結了いたしました。」 と、最後の言葉を告げた。
・・・終った・・・意外と長いもんなんやなあー・・・・
「おまえらしいわ。」
 ちょっとぼんやりしていたら、堀内のおっさんが俺の横に立っていた。
「何が? 」
「三々九度はできひんって拒絶したやろ? こんな遊びでも操を立てるとこが、みっちゃんら
しい。」
「あたりまえじゃ、なんで、おっさんと婚姻の杯なんか交わさんとあかんねん。」
「あのボケにはもったいない。」
「じゃかましい。」
作品名:綿帽子 作家名:篠義