綿帽子
いつものように会話していたら、慌てて介添人のおばはんみたいなおっさんに止められた。これから写真撮影をしますので、と、カメラマンもやってくる。
拝殿の前に全員が揃って、写真に納まった。それから、社務所で、白無垢と綿帽子を取って、色内掛けになってから、もう一度、境内で撮影する。さらに、今度は、色ドレスなるものに着替えさせられてから、女装クラブのほうで、披露宴もどきが行われた。そこにいるのは、やっぱり男ばっかりで、でも、着ているものは女物という異様な場所だった。堀内のおっさんは、知り合いから祝福の言葉なんかかけられていたが、その頃には、俺も疲れていて、おっさんの腕にしがみついているのでやっとだった。夜の十二時にお開きになって、着替えて化粧も落としたら、一時を越えていた。
「延長料金も払ろたろか? 」
「・・いや・・・ええ・・・頼むから、タクシー呼んで。」
一日、とっかえひっかえに着替えさせられて、慣れない着物やドレスに四苦八苦した俺は、 どろどろに疲れていて、タクシーで家まで帰ると、その日は、そのまんま沈没した。
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こんなふうになったで、と、後日、堀内のおっさんが、そのホームページのアドレスをメールで送ってきた。賑やかな結婚式の模様が、ちゃんと編集されて、ホームページの表紙を飾り、中には、その模様をビデオで撮影していたものも、流されていた。
「こんなもんで客が増えるんか? 」
「やりたいっていう人から問い合わせが来てるらしい。」
「物好きな。」
「まあ、そう言うたんな。ああいう人らには、一生に一度くらい花嫁姿になりたいっていう願望があるんや。」
しみじみとした口調で言っているが、堀内には、そういう趣味はない。なんせ、バツ何回か忘れたが、このおっさん、何度も女と結婚しては別れている。
「ええバイト、紹介してくれておおきに、ぐらいは言うとこか? 」
「おお、あっこの前の奴らが、また頼むって言うとったわ。」
「しばらくはええ。」
「まあ、気が向いたら、またバイトしてくれ。」
そう言われても、金が手に入ったから、もうやる必要はない。三十万という大金で、俺は、花月と自分の冬物コートを一着ずつと花月にスーツを二着買った。臨時収入が入ったというのは、あながち嘘ではないから、花月は、「やれ、有り難い。」 と、喜んでくれた。これで、多少、寒くても寒い思いはしなくてもいい。これで、一件落着と締め括ったのは、俺だけだったのは、後日、判明した。
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いつも、俺の嫁は帰りが遅いので、俺が先に、郵便ポストを覗くことになる。ふたりとも、それほど手紙が来るような相手はいないから、ほとんどがダイレクトメールだ。
「ん? えええええええええええ」
その中の一通の葉書を目にして、思わず、大声を上げてしまった。それというのも、とんでもない写真だったからだ。
「結婚しました。」 という文字と、結婚式の写真の組み合わせなんてものは、ありふれたものだ。だが、その中身が問題だった。紋付袴の堀内と、文金高島田に色打ちかけの水都が、ふたりして微笑んでいる写真と、「結婚しました。」 の文字は、さすがに普通ではない。
・・・あいつ・・なんの仕事しとるんや?・・・・
隅っこに、堀内の手書きで添えられた、「ほんのジョークやから、夫夫喧嘩すんなよ?」 の文字がなかったら、俺は水都に本気で詰め寄っただろう。
・・・もしかして・・・臨時収入て、これか・・・
先頃、水都が臨時収入が入ったから、と、スーツとコートを買ってくれた。たまに、特別手当がつくような仕事があることは、俺も以前から知っていたが、いつもは一万、二万という単位だった。それが、かなりの高額だったことは不審には思っていた。堀内のおっさんとツーショットの写真を撮るだけではないんだろう。何かしら、それ以外にもあったから、その収入だ。
・・・こんなん撮るくらいやったら、俺と撮ってくれたらええのに・・・・
水都は、写真が嫌いだ。思い出になるものなんか欲しくないと、写真一切を撮らない。だから、俺も、それは諦めていた。それなのに、これだ。後で、しばいてでも白状させたろうと思って、その葉書はこたつの上に叩きつけて置いた。
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「ただいまあー」の声がして、「なんじゃあっっ、これはぁぁぁぁぁぁぁ」 という怒鳴り声
が響いた。ああ、なんかびっくりしてるなーと台所から顔を覗かせたら、俺の嫁は、ぐしゃぐしゃと、その葉書を千切ってゴミ箱に捨てていた。
「水都、それな。俺宛やってんけど? 」
「・・・・俺、ちょっと出てくる。」
「はあ? どこ? 」
「うーん、往復四時間、いや、三時間かな。あ、花月は寝てや。」
「いや、待てぃ。」
すちゃりと携帯を取り出した水都は、「車貸してくれ。急用がでけたんや。・・あ?・・こ れからじゃっっ。おまえのが一番足が速いやろ? 心配せんでもガソリン満タンで、エンジンもええ色に焼いて返したるわいっっ。」 と、相手がびびるようなことを言って、携帯を切る。カバンを放り出し、ネクタイを緩めると、俺に、ものすごい笑顔を向けた。
「ごめんな、花月。ちょっと、あのくそボケと語りたいことができたから、行って来るわ。」
「いや、それはええねんけど、あのな、水都。あれな。」
「うん、ちょっとしたバイトや。気にせんでも、ケツ貸したりしてないから。・・・・おまえ
だけやからな。」
じゃ、行ってくるわ、と、素晴らしく爽やかな笑顔と、怒りマークが三個くらい額に浮き出た状態で、水都は、カンカンと表の階段を駆け下りて行った。もう、それだけで、内緒のバイトだったことと大金の出所は知れた。往復四時間、かっ飛ばして三時間の場所にいるであろう くそボケのおっさんは、おそらく、明日、起き上がれないだろう。
・・・成仏せぇーよ、おっさん。あんたが悪い。・・・・
すでに、突っ走ってしまった俺の嫁を止めることは不可能で、さらに、俺には、あの爽やかな笑顔の怖い嫁を止めるつもりはない。
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後日、堀内から、俺に、文句の電話が入ったが、それについては、すげなく切って着信拒否にしてやった。たぶん、俺の嫁は、バイトしたことを知られたくなかったのだろう。それをバラしたおっさんに同情する気持ちは微塵もない。
ただ、しばらくして着信拒否を解除したら、堀内のおっさんが、「みっちゃんは三々九度だ けは拒否しよったわ。」 と、笑いながら教えてくれたのだけは、よしとしよう。