コミュニティ・短編家
お題・葬列
ささくれをぶちぶちと剥いていた。血が滲む。私はごめんと小さく呟く。
空気が冷たい。多分、雨が降っているのだ。
私は石畳がそろそろと濡れていく様を想像する。
「可哀想にねぇ」
奥の座敷から母の声が聞こえた。母はとしをとって随分と普通の女になってしまった。つまり母ではなく、単なる年老いた女に。
「ほんに可哀想にねぇ。私が代わってやれたらってねぇ」
「そんなこと」
「そんなこと言うたて一番わからんのは人間だもの。仕方ないよぅ」
「そげな非情なこと」
「可哀想にねぇ可哀想に…」
「アコちゃんに限ってねぇ。まさか」
「そんなねぇ」
私はするりと襖を開ける。年老いた女たちが一斉にこちらを向いた。
全員、ひどく醜い顔をしていた。
「そろそろ、運ぼう」
私は低い声で絞り出す。母は私の顔を見た途端に母の顔になった。そんなにひどい顔をしていたのだろうか。
「…あなたは、無理して来なくてもいいのよ」
「なぜ」
「なぜって…」
私は無言のまま洗面所に向かう。母が母の顔で私の背中を心配そうに見つめているのがわかる。
鏡に写っていたのは詰襟の無表情の青年だった。私はそろりと彼の頬を撫でた。
「…光ちゃん…」
私と光ちゃんは幼馴染みだった。私たちの住む村は本当に田舎で、年が近い子供は私と光ちゃんくらいしかいなかった。だから、世界は光ちゃんだった。私の世界は光ちゃんだった。
多分、光ちゃんの世界は私だった。なのに。
「ごめんね、光ちゃん」
ひとりぼっちにして、ごめんね
私は私を送る村人たちの葬列を想像する。
光ちゃんは多分一番後ろに着いていくだろう。
いつもそうだった。
すぐに走り出す私を、いつも後ろの方で優しく見つめていた。だから。
もう、体を返すね。
そろそろ、いかなきゃいけないんだ。
ごめんね、ごめんね。
私ずうっと、あなたになりたかった。
僕はその場にうずくまった。 雨かと思ったそれは僕の涙だった。
アコを運ぶ葬列は、僕を置いてゆっくりと進んでいく。
作品名:コミュニティ・短編家 作家名:川口暁