コミュニティ・短編家
お題・感染
世界には驚く程の感染病が溢れている。
でも最も多いのは感情の感染だって誰もが知ってる。
笑いだってそうだけど、やっぱり一番強力なのは不安なんじゃないかな。っていうのは僕の意見だ。
そんな話をしたら、
「今それ言ってどうするの。」
って君は言ったね。
「笑えないわよ。」
と言う君はすごく綺麗だった。
明るい茶髪に染めた髪をかきあげて、ふっとため息をついた。
僕が黒髪のが好きって言った次の日に君は染めたんだ。
そういうところ嫌いじゃなかった。
なんてことは言ったりしないけど。
代わりに僕は綺麗だと囁く。
君はしかめ面で顔を背けたね。
僕は繰り返した。
綺麗だ、綺麗だと何度も何度も。
君は我慢強い人だから益々変な顔になる。
もうちょっとだ。
ほら、笑った。
でもわかってるよ。それも違うって。
「ばかじゃん。」と君は笑う。
笑った唇が歪む。
歪んで、僕の手に水がこぼれる。
君は僕の腕の中ぼろぼろと泣く。
でも僕は泣かない。
嬉しくてたまらないから。
我慢を止めた君が愛しくてたまらないから。
君の不安に感染されたりなんかしないんだ。
そうやって僕はついさっきの゛思い出゛をふりかえる。
僕の腕の中動かなくなった君の頬を撫でる。
正体不明の感染病が世界中に広まったのは一年前。
人間にだけうつると思われていた“それ”は瞬く間に動物、そして植物までも蝕んでいった。
感染された人間は遅くとも2、3週間で死に、外界と遮断された施設に避難していた人々も、食料不足には勝てなかった。
僕らは負けた。
負けたけど、僕は勝った。
だって僕は感染されていない。
動かなくなった君を抱いてたって、不安に感染されたりはしない。
だって君が微笑んでるから。
全然余裕。
僕はニッと笑う。
街中で偶然君を見付けた時みたいに。
ほら、もうすぐ君が迎えにくる。
僕はもう一度ニッと笑う。
作品名:コミュニティ・短編家 作家名:川口暁