それいけ! カンカン便
そのとき、空の向こう側から、一直線にこちらへ向かっている小さな影を見つけた。
どんどん迫っている。
――鳥? そう思ったときには、大きな鈍い音を立ててガラスにへばりついていた。
反射的に立ち上がったが、悲鳴は咽喉の奥に引っ込める。一登の目の前のガラスにへばりついた黒い鳥は、一度身をひるがえして体勢を整えたものの、また同じことをやっていた。
「なんなんだよ、ったく……」
見覚えがありすぎる鳥だが、あまり関わりたくはない。この主人なら、いくらでも相手をするけども。どうにも喋る鳥などという非現実的なものを当然のように受け入れられない一登であった。
周囲の客と店員の視線が厳しくなったところで、一登は外へと出た。
寒い。
「一登さま! 探しておりましたぞ」
黒い鳥――カンカンが、近くのゴミ箱へ舞い降りて声をかけて来る。
「うるさいな、街中で。何の用なんだよ、一体」
「実はお届けものがあったのでございます」
一登はそのまま歩き続けた。カンカンは、後を追ってついて来る。
「そのお届けものはどこ?」
「それが、でございますねえ」
カンカンは、一登の前へと舞い降りた。仕方なく立ち止まる。
「何? あんまり会話したくないんだけど……」
「失くしてしまったようでございます」
「はあ?」
「おそらく先ほど、ガラスに当たったとき……」
黒い翼で器用に頭をかいている。
うーん、前に見たときより、ずいぶん日本人らしくなっているのは気のせいだろうか?
そのうち、手もみも始めそうである。
「ま、失くしたんならしょうがないよな。出直して来れば?」
「さすがはいっと様、なかなかに厳しい」
「褒められてもね……」
一登はカンカンをまたいで歩みを進める。もうすぐ陽が暮れるだろう。やはり、明かりの多い駅前で商売をしようか。
そんなことをぼんやりと考える。
カンカンは、追ってくる気配がない。静かで良い。大体、どうしてカンカンだけで来るのだろう? どうせなら、エミィと一緒に来て欲しかった。
「エミィお嬢さまからなのであります!」
甲高い声に、一登の足が止まった。
道行く人々も辺りを見回すが、その声の主が、まさか鳥だとは思わない。
振り返った一登の胸に、カンカンが飛び込んで来た。
その首をすかさずキャッチ。
「ぐきょ」
一登は来た道を戻り始めた。
「なんで失くすんだよ、バカッ」
先ほどのファストフードの通りがよく見える場所で、一登は行き交う人々の邪魔にならないよう隅っこに座り、商売道具を広げていく。
「申し訳ございません。いっと様を見つけられた喜びに、ついつい我を見失っておりました」
「で、何なの、その贈り物って」
「このような……」カンカンは、翼を広げて大きさを示す。「赤色の、カードでございます」
「カード?」
「くりすますらいぶの、招待状でございます」
最後に自分の椅子を置いて、腰かけた。
「……ふうん」
「ワ、ワタクシ、探して参りますので」
そして飛び立とうとするカンカンの首を、また、掴み取る。
「くぎゃ」
「いいよ、おれ、ここにいるから」
「と、申しますと……?」
「自分で見つけるから、いいよ」
「そ、そんなこと! このカンカッカ」
「うるさい。お前がうろちょろしてると、商売の邪魔だから、いいの。ライブもいつもの公園だろ? 見つけられなくても、行くから」
「ほ、本当でございますか!」
「本当本当」
「恩に着ます」
カンカンは恭しく頭を下げ、飛び立った。見ていると、サービスなのか、その場で一回転をして見せた。
「バカ?」
つぶやいて、ふっと笑みがこぼれる。
約束が出来てしまった。
けれどもその約束は、どうしてか心を温めるのである。
作品名:それいけ! カンカン便 作家名:damo